曽我和弘のBAR探訪記 「噂のバーと、気になる一杯」 ~Bar Ararat(バー・アララット)~

曽我和弘のBAR探訪記 「噂のバーと、気になる一杯」

酒を楽しみたい・・・。そう思ったとき、人はバーという止まり木を探す。そしてバーテンダーと話をしながら酒なる嗜好品を味わっていくのだ。そんな酒の文化を創り出してきたバーも千差万別。名物のカクテルで勝負している店もあれば、バーテンダーの人柄や店の雰囲気で人を集めているところもある。数ある名物バーを探し、今宵はコレを飲んでみたい。


   論理的に味わいたい"態の置換"カクテル  

大阪府・守口   Bar Ararat(バー・アララット)  

 ■ 葡萄の実る様をイメージ

食べ歩き、飲み歩き取材を重ねる私にとって理論派ほどありがたいものはない。取材した物事についてきちんと説明してくれ、その話が面白いように展開するよう論理的に語ってくれるからだ。

先日、守口(大阪)のバーで、理論派バーテンダーと出会った。出会ったといっても偶然ではなく、「噂のバーと、気になる一杯」にその店を取り上げたくて飲みに出かけたのである。

京阪電鉄守口市駅の駅前すぐのところに「Bar Ararat(バー・アララット) 」はある。このバーの店主・岩尾良英さんが理論派バーテンダーなのだ。

その証しに岩尾さんは、「混酒論~Mixology~」(でじたる書房)なる本を書いている。
これは4年前に発刊したデジタル書籍。カクテルをレシピではなく、理論的に記したものである。
この「混酒論」は最新のカクテル理論を始め、カクテルをなぜそのように作るのか、なぜ混ぜる必要があるのかなど理論的背景から導いている。

こういった論理性は「アララット」のメニューにも表れている。メニューブック内にグラフやマトリックスを掲出し、店で出すカクテルを説明文+αで解説しているのだ。

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 そんな岩尾さんが、「今我々の世界では旧来のカクテルの分解と再構築、または"態の置換"ともいうべきカクテルが流行している」と話してくれた。

"態の置換"とは、今まで液体が当たり前だったカクテルを固体化させたり、元来、混ざり合っているものを別々の層にして見せたり、既製品リキュールを生のフルーツに置き換えて作ったりすることをいう。固めたり、泡立てたりと、技法は様々だが、今、バーの世界ではこうすることが流行になっているのだとか。

 「ひとつの例を作ってみせましょう」。そう言いながら私に「TAWAWA(たわわ)」という名のオリジナルカクテルを作ってくれた。このカクテルは、昨年「MISTIA(ミスティア)」が発売された頃に考案されたもの。

「ミスティア」は、マスカットのリキュールで、コニャックの名門、ルイ・ロワイエ社リキュール部門「ジュール・ブレマン」の情熱とプライドを懸けて造られたといわれている。フロンティニャンで栽培したマスカット・プチ・グランで造った、マスカットVDLを原料に使っている。

低温蒸溜法によるマスカットブランデーをブレンドしており、マスカット本来の香りと瑞々しさをいかし、爽やかな酸味と甘さが強調されたリキュールとの評判を持つ。岩尾さんは「ミスティア」のボトルに描かれた葡萄の絵を見て、"たわわ"なる言葉を思いつき、カクテルにしたのだという。

 まずカクテルグラスを冷すための氷を入れ、軽くステアする。続いてミキシンググラスに氷を入れ、水を注いで氷を洗うようにステアし、いったんその水を切る。

次に先程のカクテルグラスの氷を捨て、葡萄のシャーベットを90mlぐらい入れる。ここまでの作業を行ったら、もう一度ミキシンググラスへと移る。

ミキシンググラスに「白州10年」(15ml)と「ミスティア」(45ml)を入れてステアし、先に準備しておいた葡萄のシャーベットの上にかければ出来上がる。

葡萄色に染まったカクテルグラスには、葡萄の葉(この葉っぱは岩尾さんが自宅の家庭菜園で育てたもの)を添え、そこにスプーンを置いて提供するのだ。

 岩尾さんの話では、この「TAWAWA」は、最近流行りの食感を楽しむカクテルのひとつだそう。だからスプーンが置かれている。初めはスプーンで掬い、シャーベットの食感を味わう。後はお酒と混ざった味を飲んで楽しむのだ。

つまり岩尾さんの言う"態の置換"である。それが証拠に液体の混ざったものを味わうのではなく、食べながら飲むというわけだ。

 「ミスティアはソーダで割っても美味しいですよね」と私が言うと、岩尾さんは「非常にいいリキュールだと思いますよ。葡萄の濃縮感があって、しかも上品。そのまま飲めるリキュールですよ」と評していた。さらに「他の葡萄リキュールと比べると、これまでにない上品さを有しています。酸味、甘み、香りのバランスが、とても品よくまとまっていますね」と続けた。「ミスティア」はマスカットの繊細な甘みに、相性のいいオレンジフラワーのほのかな香りが添えられている。だから一口ごとに色んなフレーバーが広がるのだ。

 「TAWAWA」には、「白州10年」が用いられている。私が飲んだ印象では、この「白州」の味がポイントのように感じられた。それを岩尾さんに話すと、「このカクテルの骨格のようなものが『白州』で支えられているんです」と説明してくれた。せっかく"たわわ"なる言葉をイメージしたのだから日本の酒と合わせようと思ったそうである。「山崎」も「ミスティア」に合うフレーバーを持っているが、どちらかというと深い森のイメージを有す「白州」の方が葡萄にフィットするのではと考えたようだ。「白州」の持つスモーキーさも邪魔にはならず、むしろ葡萄畑へ踏み入った土や木、葉の匂いをも思い起こさせてくれる。「だから『白州』を用いたのです」と岩尾さんは言う。

論理的なものには、論理的に味わうべきだと、「TAWAWA」を口に運ぶ。でも、いくら論理的に味わおうと思っても、このカクテルは理屈抜きに旨い!

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ara_s.jpg ara_t2.jpg  ■ 守口のバー、あなどれず!

 ここで少し岩尾さんと「アララット」について触れておこう。
岩尾さんの言葉で表現すれば、「そもそもアルバイトのつもりがツボにはまり、バーテンダーになった」そうだ。

バブル期に鰻谷(大阪・ミナミ)で働き、若くして当時の様々な人気店・有名店のバーのカウンターを任された。

その後、北新地へ移り、「セラ・アンフィニ」の川口一明さん(故人)の下でバーテンダーの姿勢を深く学んだ。「セラ・アンフィニ」は今は一明さんの息子・川口一成さんが継ぎ、父の代から続く人気店として評判を高めている。この店は今でいうダイニングバーの走りなのだが、岩尾さんがいた頃は、カクテルに特化したメニューが揃っていたそうである。

その店を辞し、18年前に思い切って独立。京阪・守口市駅前の林ビル4階で「KARIN BAR(カリン・バー)」をスタートさせた。

岩尾さん曰く「今思えば、独立は少し早すぎたと自戒しています」とのこと。
それでもこの辺りに本格的なバーがなかったこともあって連日ひっきりなしに客が訪れたそうだ。

そして1999年に同ビルの3階にイタリアンの店「アララット」をオープン。一時はこの2軒の店を掛け持ちしていたらしいが、6年程前に「バーとして発展的縮小的統合」(この言葉は岩尾さんの表現によるもの)し、「アララット」一軒に絞った。その響きが気に入っていたこともひとつだが、ワイン発祥の由来を持つこの「アララット」の名を残し、今では"ワイン&カクテルバー"と銘打ちオーセンティックバーとして営業している。

 「昔からカクテルコンペでも変ったことばっかりやってくるバーテンダーとして名前が通ってしまっています」と岩尾さんは言うが、私から見れば"カクテル名人"。新しいリキュールが出れば、必ず何かオリジナルは作るという姿勢は立派である。

岩尾さんは「カクテルにしかできない表現がある」と言う。それは映画だったり、風景だったり、音楽だったりをモチーフにして創作できるのは、食の分野ではカクテルしかないからだ。

岩尾さんは、まずイメージすることからカクテル作りを始める。そしてそのイメージにリキュールを合わせていくのだ。

「ビジュアルイメージを頭に浮かべ、足したり引いたりしながら新作を作っていくんですよ」と話す岩尾さんのカクテル作りは、詩を先に作り、それに音を合わせていくタイプのミュージシャンに少し似ているのかもしれない。

例えば前出の「TAWAWA」は、たわわに実る葡萄を描いたので、立体感が必要となった。だからあえて葡萄のシャーベットを用いている。葡萄ジュースを冷凍庫へ入れ、固めながらかき混ぜる。そんな作業が次々と彼のイメージにあてはまり、態の置換カクテルを完成させたのだろう。

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 岩尾さんは私に「ミスティア」を使ったもので、もうひとつオリジナルカクテルを披露してくれた。

それは「サルタナ」と名づけられたショートカクテル。

サルタナレーズンという干し葡萄があるので、それから命名したのだとか。作り方を記す前に味の方を述べておくが、まさにラムレーズンのような味わい。岩尾さんがラムレーズンのアイスクリームをカクテルに置換したもので、「サルタナ」という名は、なるほど飲めばわかる味わいになっている。

 ところで、この「サルタナ」は、ラム20ml、「アドボカート」(卵のリキュール)20ml、「ミスティア」20mlをシェイクして作る。糖度はあるが、思った以上に甘くはなく、男性でも十分いけるだろう。お酒だけを使ったカクテルなので、アルコールがかなり利いている。ラムレーズンを彷彿させる大人のデザートといったところか。

岩尾さんは「既存の食物やデザートをカクテルとして再構築 している」と表現する。

この手のものではティラミスのイメージをカクテル化したものや、なんと目玉焼きをイメージした「ファニー・サイド・アップ」、それにラムネから想像して作った「ラム・ネ」などの作品があるそうだ。

 こんな話を聞くと、「それも作ってもらえますか」と言ってしまう。守口でのバー探訪はまだまだ序の口というところか。「アララット」の岩尾さんの論理に私は完全にはまってしまった...。


Bar Ararat(バー・アララット)


お店情報
住所/大阪府守口市寺内町2-8-9 林ビル3F
TEL/06-6995-2288
営業時間/19:00~翌3:00(日曜日は~翌1:00)
定休日/月曜日

メニュー
TAWAWA(たわわ) 1300円
サルタナ 1200円
ラム•ネ 1000円
かぎろひ 1100円
ファニー・サイド・アップ 1300円
グリーン・アラスカ・ソニック 1000円
モヒート 1000円
カイピリーニャ•トレ•コローリ 1100円
白州10年 1000円
山崎12年 1400円

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