2012年08月30日
曽我和弘のBAR探訪記 「噂のバーと、気になる一杯」
酒を楽しみたい・・・。そう思ったとき、人はバーという止まり木を探す。そしてバーテンダーと話をしながら酒なる嗜好品を味わっていくのだ。そんな酒の文化を創り出してきたバーも千差万別。名物のカクテルで勝負している店もあれば、バーテンダーの人柄や店の雰囲気で人を集めているところもある。数ある名物バーを探し、今宵はコレを飲んでみたい。
大阪府・心斎橋 オールドコース
私の知人がバーテンダーと寿司職人は似ていると話している。寿司はシャリを握り、ネタを載せるだけの単純なもの。けれど、これが誰にでもできるかというと、そうではない。ましてや名人と呼べる職人が握ったものは他とは全く味が違って旨い。ネタの新鮮さは第一であろうが、それだけではなく、シャリが口内でうまくほどけ、ネタもゴモゴモするぐらい大きいわけではなく、丁度美味しく味わえるくらいになっている。彼に言わすと、バーテンダーも同じらしい。ウイスキーを水や炭酸で割るだけなのだが、これが作る人によって味に大差が生じるのだと言う。
バーテンダー自ら「うちは寿司屋と同じだと思っている」と話す人がいる。心斎橋の人気バー「オールドコース」の店主・安岡啓介さんである。
このバーはカクテルが旨いことで知られている。特に季節のフルーツを使ったカクテルが得意で、安岡さんは何を飲みたいのか聞いてからフルーツを調理し、オリジナルカクテルに仕上げていく。安岡さんによると、ジントニックなどのスタンダードはあまり出ないらしく、どこで知ったのか初めての人でも「今日はどんなフルーツがお薦めですか」と聞いてくるらしい。
「オールドコース」は、14年ぐらい前からこの地にある。以前は女性オーナーが持っており、代々の店長がこの店を任されていた。安岡さんも5年半前からこの店の店長を務めていたらしい。それが独立するにあたって、この店を譲り受け、晴れて4月より安岡さんの店としてスタートしている。
安岡さんの経歴を聞くと、なかなか面白い。大阪・藤井寺出身の安岡さんは高校を卒業し、何の伝手もなく函館へ旅立っている。学校を出たら沖縄か、北海道へ行こうと思い、何の計画もなしに北の地へ赴いた。函館で部屋を借り、下の階へ挨拶に行った。その部屋は町の若者が集まる場所だったらしく、いきなり飲みに連れて行かれたそうだ。そして働く所がないといけないだろうと、一軒のバーを紹介された。とりあえずそのバーでアルバイトを始めたのがバーテンダーとしての第一歩だったようだ。
安岡さんがバーテンダーを生涯の仕事にしようと決めたのは、ある人との出会いから。当時、ピアニストのトミー・フラナガンが函館に公演に来ており、打ち上げと称して安岡さんが働くバーにやって来た。彼はウォッカマティーニが好きだったらしく、早速それを注文した。バーテンダーになってまだ2年半しかたっていない安岡さんに「君が作ってくれ」と指名したそうである。安岡さんが作ったウォッカマティーニがいたく気に入ったのか、トミー・フラナガンは「いいバーテンダーになれよ」と言って同じものを5~6杯も飲んだという。実はこれがトミー・フラナガンにとって最後の来日。数年後亡くなった彼は二度と安岡さんのマティーニを飲むことはなかった。
トミー・フラナガンに言われたその言葉が安岡さんの心に今も残っている。「トミー・フラナガンは他界してしまったわけですから、いくら私がウォッカマティーニを作ったところで評価してもらう機会はないわけです。だから私はどこまでも頑張り続けなければならない。仮りに私の生涯が閉じてしまって、天国で再会したならば、『コレは旨い!』と彼に言わせるようにならないといけませんからね」と安岡さんは話す。安岡さんはバーテンダーを生涯の仕事としようと思ったこの出来事を深く胸に刻んでいる。その時、トミー・フラナガンが飲んでいたグラスが一脚だけ安岡さんの手元に残っている。かつて働いていた函館のバーから譲り受けたものだとか。このグラスを目にする度に、トミー・フラナガンの「いいバーテンダーになれよ」の言葉を思い出すのだと言う。
私は安岡さんのそんなエピソードを聞きながら水割りを飲んでいる。「今日は水割りで」と言った注文に応え、「バランタイン17年」を水で割ってくれたのだ。「バランタイン」は、ブレンデッドウイスキーのベストセラー。スコットランドのハイランド、ローランド、スペイサイド、アイラの4つの地方の厳選されたモルト原酒、グレーン原酒を40種以上使用したブレンデッドウイスキーだ。安岡さんは「バランタイン17年」が甘みのバランスがいいという理由から水割りに用いることが多いそうだ。「このウイスキーは、ブレンデッドウイスキーの中ではちょっと甘みが勝った感があるんです。そのまま飲むと甘いなと思うのですが、水となじませると丁度いい味わいになるんですよ」と話している。
安岡さんは、お客さんにまず飲み方を聞く。水割りと言えば、それに合うウイスキーを選び、ハイボールと言われれば、ソーダ割りに適したものを選んで作るようにしている。先に銘柄を聞いてしまい、それと同時に飲み方を客側から言われてしまうと、「それは合いませんよ」となかなか言いづらいかららしい。「仮りに『マッカラン』と聞き、それを『ソーダ割りにして』と言われても、『ロックの方が旨いですよ』とも言えませんからね」と笑う。客の嗜好をとやかく指摘できない。「でも、少しでも美味しく味わってほしいと考えるから、あえて飲み方を先に聞くようにしているんです」と言う。
安岡さんは水割りについても理論を持っている。それは作り方を見れば理解できる。まずグラスにウイスキーを1ジガー(45ml)入れる。それからウイスキーと同量のミネラルウォーターを注ぎ入れるのである。これはアルコール度数を半分に下げてやるために行うもの。安岡さんの言葉を借りれば、「ロックは一番ダメージが大きい飲み方で、アルコールが40度もあるものをいきなり氷でいじめているようなものだ」と表現する。同量の水をまず与えてやることで緩和させるのだとか。そしてなじませる程度にステアしてから氷を加える。カチカチの氷だと、アルコールと反応すれば熱を発し、溶けやすくなるのでいったん水でなじませてから、グラスへ入れるようにしている。氷を加えた後は八分目までミネラルウォーターを注ぐ。最後に香りを立ち上げるために数回ステアを。ぬるいと感じないギリギリの線までステアして提供する。「ウイスキーを水と氷で延ばしていくと考えてください。ウイスキーが本来持つ香りを立ち上げるためにちょっとずつ延ばしていくんですよ」。急に冷やすと香りや味が閉じこもる性質があるからステアすることで香りを立ち上げるのだと言う。
「私はウイスキーもカクテルも香りを楽しむものと理解しています。最初に感じるのは香りなので、どれだけ香りが立ち上がるかをステアしながら引き出してやるんですよ。視覚→香り→味といった具合に全てが揃わないとダメ。だからグラスは何でもいいわけではなく、底の分厚いものを使っているんです。グラスが薄いと、軽く口当たりもいいのでしょうが、外からの影響も受けやすい。それに底が薄いと氷も溶けやすくなってしまいますからね」と説明する。
水割りは提供された時が一番美味しい。それが時間がたつにつれ、氷が溶けて薄まっていく。バーテンダーは飲む側のペースを計ることができない。だからといって味が落ちていくのは仕方がないと考えるかといえばそうではない。安岡さんに言わせれば「職人ならちょっと時間がたっても美味しく飲めるように努力すべき」なのだとか。ぬるくなっても、水っぽくなっても美味しさを保てるように作るのがバーテンダーの仕事と言う。だから水割りにも論理があるのだと安岡さんは解説してくれた。
バーテンダーには、接客を重ねることでその技量をアップしていく人と、技術を磨くことで向上していく人の2つのタイプがあるといわれる。後者はカクテルの大会などを目的に力をつけていく人が多い。逆に前者は接客を通じてスキルをアップさせていく。そのどちらがよくて、どちらが悪いというわけではない。いわば個性の違いなのだ。
安岡さんは独学で技術を磨いてきた。だからカクテルコンペなどにもあまり出ていない。「師匠は?という問いに敢えて一人を挙げるならば、函館にいた丑ケ谷清さんでしょうかね。いっしょに働いたことはないのですが、若い頃に色んなことを教わりましたよ」。安岡さんは函館から戻って来た後、「南海サウスタワーホテル」や堺の「アッセンブルエイト」などで働いている。「パスタを覚えたいと思えばイタリア料理店に行きましたし、高級焼き肉店の店長をして、一時期、肉を焼いていたこともありました。でもそれらは全てバーテンダーとして必要なことだと思い、やってきたんです。わかりやすくいえば実践派なんですよ」。師匠につき、その人の味を継承していくというのではなく、独自路線を歩んできた。それが安岡啓介というバーテンダーなのだ。「だから昨日と今日ではカクテルの作り方を変えることだってありうるんですよ」と言う。カクテルや水割りとて生きもので、全く同じものであり続けるという論理はない。そして安岡さんは、今の最高の味が作れれば...と願い、常にカウンター内で切磋琢磨している。いつの日にか天国のトミー・フラナガンに認められるために...。
住所大阪市中央区東心斎橋1-14-15 アルスビル1F
TEL06-6282-3241
営業時間17:00~翌3:00(但し、日祝日は~23:00)
定休日