曽我和弘のBAR探訪記 「噂のバーと、気になる一杯」 ~スナック&バー瀧~

曽我和弘のBAR探訪記 「噂のバーと、気になる一杯」

酒を楽しみたい・・・。そう思ったとき、人はバーという止まり木を探す。そしてバーテンダーと話をしながら酒なる嗜好品を味わっていくのだ。そんな酒の文化を創り出してきたバーも千差万別。名物のカクテルで勝負している店もあれば、バーテンダーの人柄や店の雰囲気で人を集めているところもある。数ある名物バーを探し、今宵はコレを飲んでみたい。

「カンカン」と呼ばれるカクテル

大阪府・北新地 スナック&バー瀧

ジュークボックスが活躍するバー

扉を開けると、そこには懐かしい空気が漂っている。レトロと表現するのはありきたりすぎる。今でも現役のジュークボックスが壁際に置かれ、レンガのある設えといい、カウンター席とテーブル席の配置といい、何となく昔の日活の映画に出てくるような雰囲気だ。昭和40年代には、こういった場所で酒を愉しんでいたのだろうなとついつい想像してしまう。

昭和のムードを残す「スナック&バー瀧」は北新地(大阪)にある。御堂筋から永楽町通りを入ってすぐの遅ビルの1階奥に位置している。このバーは今は亡き長瀧繁夫さんが始めた。長瀧繁夫さんは、戦後、リーガロイヤルホテルの前身である新大阪ホテルで勤めていた。その後、同ホテルはグランドホテル、ロイヤルホテルと変遷していくわけだが、長瀧さんもともに歩いている。そしてリーガロイヤルホテルにある「リーチバー」の初代チーフバーテンダーを務めていたとのことである。長瀧繁夫さんはロイヤルホテルができてまもなくの昭和44年に独立し、アメリカ領事館の裏辺りでカウンターだけの小さなバーを構えた。それが「瀧」のスタートである。永楽町通りの今の場所に移ってきたのはそれから5年後のこと。当初は遅ビルの2階に入る予定だったが、うまく1階のスペースが空いたのでこの場所にバーを造った。

長瀧繁夫さんは頑固で一本芯の通ったバーテンダーだったらしい。「時流を追わず、妥協を許さない。その上、自分に厳しい人だった」と繁夫さんの息子で、現在「瀧」の2代目店主にあたる長瀧敏郎さんが語っている。長瀧繁夫さんは4年前に79歳で天国に召された。亡くなる少し前までカウンターに立っており、生涯現役を貫いたバーテンダーでもある。長瀧敏郎さんは、そんな父親を振り返りながら「25年間、この店でオヤジといっしょにやってきたことが自分の財産です」と話す。「世の中、そんなに甘くはない」とよく言っていた初代店主だったそうだが、お客さんとの距離の取り方がうまく、常連といえど双方とも甘えることを許さない。「仲良くなると、あとはぶつかるしかないんですよ。それに無理も聞かなければならないようになってしまう。だからある程度の距離を保つことが大切だと教えてくれました」。

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2代目となる長瀧敏郎さんも初めから「瀧」で働いていたわけではない。学校を出てから酒の勉強をするために問屋に勤めたこともあったし、海外経験もしている。ホテルニューオータニ大阪がオープンするや、そこに勤め、バーテンダーとして腕を磨いた。そして30歳になった年に父親の営むこの店へ移ってきた。「この店の存在価値がわかり、ここで働こう」と決めたそうだ。以来25年間、父親と同じカウンターに立ってきた。「もしこの店が普通のスナックだったなら継いでいないでしょうね。余所にはないこのバーの雰囲気が私を駆り立てたんです。昔と変わらぬイメージの店を守っていくことが私の使命です」と答えている。

前述したが、店にはジュークボックスがある。飾りとして置いている所は沢山あるが、ここのはバリバリの現役。今でもお客さんがコインを入れ、曲を聴いている。「メンテナンスが大変でしょう」と私が振ると、「アメリカ製なので部品があるんですよ。それに動いていること自体がメンテナンスのひとつになっていますしね...」と言う。長瀧敏郎さんによると、このジュークボックスが動かない日はないそうだ。私がいたこの時間は「悲しき雨音」が流れていた。デジタル化が当たり前となったこの時代には、むしろ新鮮な音に聴こえてしまう。手書きのタイトルは大半が紙焼けして黄ばんでおり、その年輪を感じざるをえない。それに「入っている曲の中で一番新しいのはキャンディーズですよ」と平気で言う長瀧敏郎さんの言葉もその古さを物語っていて、なんとなくおかしい。「瀧」で最もかかる曲は「リリー・マルレーン」と「テネシーワルツ」らしい。中でも前者の気だるい唄声がこの店の空気にマッチしているのだと話す。

錫(スズ)のマグに入った名物「カンカン」

さて、肝心の酒の話だが、このバーに来た人はまず「カンカン」を注文する。「カンカン」とは、ジントニックのこと。長瀧さんに言わせれば、ジントニックとジンライムの間ぐらいだそう。器もカンカン(錫のマグカップ)を使っているので、そう呼ばれているというが、真偽のほどは私にはわからない。お客さんの9割が注文するという「カンカン」は、「ビーフィーター」がベースになっている。ロンドン塔の近衛兵の絵でおなじみのそれは、ロンドン市内で蒸溜されている唯一のドライジン。1820年に薬剤師のジェームス・バローの手によって造り出されてから200年近くも第一線で支持されてきた。「ビーフィーター」のレシピは門外不出と伝えられている。創業以来、製法は頑なに守り続けられており、「できた頃と雰囲気は同じ」という「瀧」のイメージに凄くマッチしているように思う。

この店には国産ウイスキーも生ビールもない。全て海外のものばかり。その上、ジンは「ビーフィーター」しか置かれていない。長瀧繁夫さんがホテルのバーで働いていたその昔、日本ではジンというと、「ゴードン」がメジャーだったようだ。ホテルに宿泊していたアメリカ人から「本国(アメリカ)では『ビーフィーター』が流行ってきた」との情報を聞きつけた長瀧繁夫さんは当時としては目新しかった「ビーフィーター」に着目し、独立する時にはこれ一本でやろうと決めたのだという。だから「カンカン」には、「ビーフィーター」と決まっている。

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ところで、この「カンカン」の作り方は、錫のマグカップを冷しておき、まず氷を入れる。そして「ビーフィーター」を45~60ml注ぎ、トニックウォーター(約50ml)とソーダ(約50ml)を入れた後に1/4カットしたライムを加えて、3つの味が混ざるぐらいにステアする。ライムには数箇所包丁を入れている。これは果実からジュースが出やすいようにと、搾った時に飛び散らないようにという2つの意味から行われる。それに「瀧」では最後にこのライムを吸いつくすように味わうという流儀も存在する。ライムにトニックとジンが染み込んでいて旨い。そんな意味からもライムに切り込みを入れるようにしている。

一応、レシピを記してはみたが、意味がないことがわかった。それは「カンカン」には決まった分量がないからだ。長瀧敏郎さんがお客さんの嗜好を考えながらジンを45~60mlの間で調整している。ジンばかりではない、トニックウォーターもソーダもそれによって分量を変えている。ちょっと甘めを好む人にはトニックウォーターだけにしたり、それより甘めがいい人にはジンジャーエールを用いたりすることがある。つまり飲み手によって味が変わるわけだ。そんなプロの技が加わるのも「カンカン」のいいところかもしれない。

「一度、販売側から40度のものではどうだろうと聞かれたことがあるんです。47度と40度の『ビーフィーター』を飲み比べてみたら後者だと物足らないような気がしたんですよ。だから47度の方を残してほしいと頼んだんです。強(きつ)さがある方が美味しいですよ」と長瀧敏郎さんは話していた。47度の「ビーフィーター」が合う理由は他にもある。それはこの店が錫のマグカップを使用しているからだ。錫という素材は中味をマイルドにする効力を持っている。だから余計に40度だと頼りなく感じたのだろう。

実は「カンカン」に使用するマグカップにも変遷がある。長瀧繁夫さんが店を開いた時はお金もなく、仕方なしにメーカーから試供されたアルマイトを使っていた。5年たってようやくそれが銅製に代わった。錫製になったのはオープンして12~13年してから。当時、喫茶店でアイスコーヒー用に銅製のマグカップがよく使われるようになり、それを嫌って長瀧繁夫さんがシンガポールで買って来たそうだ。「マレーシアは錫の産地なのでいいものが見つかったのでしょう。それに錫はアルコールとの相性もよく、中味をまろやかにしてくれますからね」と長瀧敏郎さんが説明する。4代目の錫製マグカップは25年目に登場する。3代目のそれよりも口広になり、飲みやすくなったのが特徴だ。そして今のは5代目にあたる。今まではどこかで求めたものだが、これは「瀧」のオリジナル。形は同じようだが、この特注品では袴をはかせ、4代目に比べると、厚みも増している。「厚くなった分、保冷効果もアップした」と話す。カウンター内には初代から5代目のマグカップまでが順に吊るしてある。そして棚にも「ビーフィーター」の年代ものが並べてある。こういった点も「瀧」の魅力のひとつだろう。長年通い続ける常連には自身の歴史と重ね合わせ、プラスαの味が得られるし、初めての人でもそんな歴史を眺めながら「カンカン」を味わうのもオツなものである。

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「うちは若い人から年配の人まで同じように愉しめるバーですよ。お客様同士が気さくに語り合える空気があるんです。最近はどの分野でもデジタル化が顕著になってきました。でも、アナログもそれなりの良さがあるんですよね。たまに入って来た人が『ここはホンマに昭和やなぁ~』と言うんです。私は『うちの店のどこが古い?』って返答したくなるんですが、よく考えると、古いからこそ醸し出す味があるのも事実。余所は余所、うちはうちと納得しながらやっていますよ」。長瀧敏郎さんの話では、これからも全く中味を変えるつもりはないそうだ。「夜の文化財を守っている感覚で運営しています」と胸を張っている。

そんな話を聞いているうちに私のマグカップには「カンカン」がほとんどなくなってきた。「瀧」の流儀よろしく、ほんの少し残った時点でライムを吸ってみた。ジンとトニックが染み込んだライムは、思ったほど酸っぱく感じない。そして残りの「カンカン」を飲み干した。ライムを吸った後だからだろう、「カンカン」に甘みが増したように思える。これも全て長瀧敏郎さんの計算のうち。私は思わず「やられた!」と発してしまった。

スナック&バー瀧

お店情報

住所大阪市北区曽根崎新地1-8-3 遅ビル1F

TEL06-6345-5727

営業時間17:00~24:00(但し土曜は~23:00)

定休日日祝日

メニュー
  • カンカン(ジントニック)800円
  • ギムレット1000円
  • ドライマティーニ1000円
  • マッカランファインオーク12年1200円
                        
  • ボウモア12年1200円
  •                     
  • ラフロイグ10年1000円~
  •                     
  • カクテル900円~
  •   
  • ウンダーベルグ650円
  •   
  • ウンダーベルグを使ったカクテル900円~

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