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【セミナー/イベントレポート】ジムビーム7代目マスターディスティラーが語る〝クラフトバーボン〟の魅力

伝統と革新が辿り着いた〝本来あったバーボンの姿〟

明るい話題が相次ぎ、盛り上がりを見せるウイスキー市場

サントリーホールディングスの前身である寿屋でウイスキー製造に従事していた竹鶴政孝氏とリタ夫人の生涯を描いたNHKの連続テレビ小説『マッサン』が始まり、イギリスのガイドブック『ワールド・ウイスキー・バイブル』にて『山崎シェリーカスク2013』が世界最高のウイスキーに選ばれるなど、2014年はウイスキーに関する話題が豊富な一年だった。その影響もあって、昨年のウイスキー市場は4%の成長。今、ウイスキーには幅広い層からの注目が集まっている。

そんな中、200年以上に渡ってアメリカンウイスキー業界を牽引してきたジムビーム社の7代目マスターディスティラーであるフレッド・ノー氏が来日。伝統を重んじながらも革新的なウイスキーを作り出してきたビーム家の歴史や、彼の父であるブッカー・ノー氏が初めて世に送り出したクラフトバーボンについて熱く語った。

バーボン造りを始めて200年以上の歴史を持つビーム家の系譜

ジムビーム社の創業は1795年に遡る。ドイツ移民の息子だった創業者のジェイコブ・ビームは、西部開拓の最前線だったケンタッキー州に移住。そこで出会った上質な水とドイツで得た蒸溜のノウハウを駆使して、最初のウイスキーを作り上げた。

彼の息子で、2代目を引き継いだデイヴィッド・ビームは、新しく敷かれた鉄道の近くに会社を置き、原料の輸送や商品の配送の効率を飛躍的に向上させた。この功績が讃えられ、今ではビーム社の〝先駆者〟と呼ばれている。

3代目のデイヴィッド・M・ビームは、父のビジネスを引き継ぎ、新たにブランド名を確立。この時、作られた〝オールド・タブ〟というブランド名は伝説として語り継がれている。

4代目は、デイヴィッド・M・ビームの三男だったジェームズ・B・ビームが継承。現在の社名になっている〝ジムビーム〟は彼の愛称だった〝ジム〟に由来している。彼はビーム家が直面した大きな苦難を乗り切り、一族のバーボン作りを支えた偉大な功労者として知られている。
1920年、アメリカ政府は禁酒法を施行。アルコール飲料の生産と消費をすべて禁止した。これによりジェームズは、バーボンビジネスから手を引かなければならなくなった。その後、彼は家族を養うためにシトラスの栽培や鉱石業に携わったが、どれも上手くいかず苦しい生活を余儀なくされた。
禁酒法の施行から13年が経った1933年。同法が廃止されると、ジェームズはすぐに家業の復興に着手。古い蒸溜所を買い取り、禁酒法廃止からわずか120日でバーボン作りを再開させた。この時、彼はすでに70歳を迎えていた。そんな彼を突き動かしたのは、一族が営んできたバーボン作りへの熱意と、それを継承していきたいという強い想いに他ならなかった。

そんなジェームズの想いは、息子のT・ジェレマイア・ビームにしっかりと継承された。5代目を引き継いだジェレマイアは、バーボンを世界に売り出すために奔走。現在ジムビームが世界販売数No.1のバーボンになったのは、彼の功績によるところが大きい。しかしながら、彼には子どもがいなかった。そこで、跡取りとして選出されたのがジェレマイアの妹マーガレット・ビーム・ノーの息子で、4代目の孫にあたるブッカー・ノーだった。

こうしてビームからノーへと名前が変わったジムビーム社だったが、そのクラフトマンスピリッツは脈々と受け継がれている。6代目当主となったブッカーは、バーボン市場にはじめてプレミアムカテゴリーを創出。禁酒法以前の〝本来あったバーボンの姿〟を蘇らせるという信念の元、クラフトバーボンを誕生させた。

そんな父の姿を見ながら育ったのが、今回来日を果たした7代目のフレッド・ノー氏である。彼は父の仕事を引き継ぐ傍ら、200年以上続いてきたバーボン作りの伝統を次世代に継承すべく、自身の知識と経験を息子に教え込んでいる。

バーボンがバーボンとして認められるための条件とは?

アメリカで生まれたバーボンは、他のウイスキーとは材料や製法が異なる。そのためバーボンがバーボンとして認められるためには、いくつかの規定がある。

まず、産地に関してはアメリカで作られなければならない。そもそもバーボンという名称は、このお酒がバーボン郡(現在のケンタッキー州)で作られていたことに由来するのだ。世界中のバーボンの実に95%がケンタッキー州で作られている。

原料は、レシピの中に含まれる材料の51%以上がトウモロコシである必要がある。熟成に使われる樽は、内側を焦がしたオークの新樽のみ。それ以外の素材や、樽の再利用は認められていない。

蒸溜に際しては、アルコール度数が160プルーフ(80%)以上であってはならない。熟成の期間にも規定があり、ストレート・バーボンを名乗るためには2年以上の熟成が必要となる。その中でも、さらにケンタッキー・ストレート・バーボンという名前を付けるためには、ケンタッキー州内で2年間の熟成が義務づけられている。

ビーム社のバーボンが特別であり続ける3つの理由

ビーム社のバーボンが特別であり続ける理由について、フレッド氏は3つのこだわりを挙げた。

1つ目は、最上級の原料を使うこと。ビーム社では、バーボンの主要原料となるトウモロコシに、〝ナンバー2イエローデントコーン〟という最高品質のものを使用している。また、同社の蒸溜所がある一帯は石灰層の土壌で、そこで濾過された水は非常に甘みが強くなるため、バーボン作りに最適だという。

2つ目は、ビーム家に受け継がれてきた門外不出のレシピ。ビーム社のバーボンは、1795年から変わらぬレシピで作られている。この製法は、創業者の意志と共に代々受け継がれてきたもので、時代を問わず多くのファンを魅了し続けている。

3つ目は、熟成の方法。現在使われている酵母は、禁酒法が廃止された時から使っているもので、培養を繰り返しながら常に同じ酵母が残るようにしている。つまり、4代目当主のジェームズ・B・ビームが使用していた酵母が、今でもバーボン作りに使われているのだ。

この3つのこだわりに加え、蒸溜所の気候もバーボンの熟成に適しているという。ケンタッキー州の夏は非常に暑い。そのため、夏の間、樽に詰められているウイスキーは木に向かって膨張していく。しかし、寒さの厳しい冬になると、液体は収縮していくため、木の中に含まれていたウイスキーが再び樽の中に戻ってくるのだ。この激しい寒暖差が、内側を焦がしたホワイトオーク樽が持つ特性をうまく引き出してくれる。琥珀色に輝くバーボンの色は100%、そして芳醇な香りの70%は樽由来のものだそうだ。こうして、ジムビーム社のバーボンは唯一無二の特別なものとなる。

7代目マスターディスティラーが教えるテイスティングとノージングのコツ

ビーム家の歴史や製法のこだわりについての説明に続いて、試飲が行われた。

まず初めに紹介されたのは、12年もの樽熟成を経た『ジムビーム シグネチャークラフト』。長い熟成期間を経たバーボンらしい深い琥珀色を湛えたジムビームの傑作である。

試飲を始めるにあたって、フレッド氏は父から教わったというノージングとテイスティングのコツを紹介。バーボンの香りを楽しむためには唇を閉じず、少し口を開けた状態でノージングすると良いという。口を堅く閉じたままだとアルコール分が鼻の中に強く残ってしまうが、唇を開けることにより口に含んでテイスティングするのと同じような香りが広がっていくのだ。テイスティングについては、ケンタッキーチューイングという方法が紹介された。これは、口の中に含んだバーボンを咀嚼するようにして味わう方法で、こうすることによって口や舌の様々な部分で味を楽しめるようになる。参加者達は口の中の色々な感覚でバーボンを楽しんだ後に、奥深いフィニッシュを堪能した。

ビーム家の伝統と革新が生み出した珠玉のラインナップ

禁酒法以前のバーボンは、非常に力強かった。古き良きアメリカの〝本来あったバーボンの姿〟を取り戻そうとしたのが、フレッド氏の父親にあたるブッカー・ノー氏だった。ブッカー氏は〝バーボンの新しい歴史を作る〟という信念を掲げ、ワイルドターキーのジミー・ラッセル氏、ブライトンのエルマー・T・リー氏らと共にスーパープレミアムなクラフトバーボン作りに着手。徹底した管理下で熟成期間を長くし、深遠でリッチな香味を実現。それらをスモールバッチ(小ロット)で世に送り出した。

こうして誕生したのが『ノブ クリーク』や『ブッカーズ』、『ベイカーズ』などのクラフトバーボンである。これらのバーボンを飲んでいる時、ブッカー氏は「昔を味わうような気持ちになる」と話していたという。

禁酒法以前の力強さを取り戻したクラフトバーボンの説明に続いて、1800年代にケンタッキー州に実在した蒸溜所の名前を冠した『ベイゼル ヘイデン』のテイスティングが行われた。これはライ麦の量を通常の2倍にしたバーボンで、ライ麦由来のスパイシーさが際立つ逸品。アルコールが80プルーフ(40%)に抑えられているので、ライトな印象に仕上がっている。特に女性やクラフトバーボン入門者から支持されているという。

続いては、6代目のブッカー氏が「禁酒法以前の力強いバーボンの復刻」というコンセプトで完成させた『ノブ クリーク』。エイブラヒム・リンカーン米大統領の出身地が名前の由来になっており、世界で最も売れているクラフトバーボンとしても知られている。9年間という長期熟成を経てボトリングされたバーボンは、深い琥珀色とナッツを思わせる芳醇な香りを湛えている。力強い良いバニラの甘みが立ち、フルボディで素晴らしいフィニッシュが味わえる。フレッド氏曰く「マンハッタンを作るにはパーフェクトなバーボン」とのこと。他の素材とミキシングしたとしても、そのしっかりとしたフレーバーが失われることはないからだ。

毎年ロンドンで開催される世界的な酒類コンペティション・ISC(インターナショナル・スピリッツ・チャレンジ)において、2014年度ウイスキー部門の最高賞に輝いた『ノブ クリーク シングルバレル』は、7代目のフレッド氏が世に送り出した逸品だ。このバーボンについてフレッド氏は「父が健在だったら世の中に出せなかったかもしれない」と語る。というのも、先代のブッカー氏は〝味の一貫性〟を何より重要視していたという。その点、シングルバレルというのは、樽を置く高さや気候などによって風味が変わってくるため常に同じ味を作るのが難しい。しかし、この〝味のバラつき〟こそが、シングルバレルならではの魅力で、それを楽しむ愛好家は多い。通常のノブ クリークはアルコール度数100プルーフ(50%)だが、シングルバレルは120プルーフ(60%)と高いため、さらに力強く、リッチな甘みを抱いている。

次にテイスティングされた『ブッカーズ』はフレッド氏の父ブッカー・ノー氏の名が付けられた最高級のバーボン。6〜8年の熟成樽から最高峰として相応しい原酒を厳選してヴァッティングするが、その際に一切の加水も行わず、そのままボトリングされる。これは「飲む人が自分の好みに応じて加水してほしい」というブッカー氏の信念が反映された製法で、とてもピュアなかたちのバーボンと言えるだろう。思い入れの強さはラベルにも見てとれる。ファーストリリースの際、ブッカー氏は全てのボトルに手書きのラベルを付け、送り出したのだ。深い熟成感がありながら決して重くなく、心地よいオークの樽香とフルーティな味わいが特長的である。

クラフトバーボンの最後を飾るのは、リッチで芳醇な香りが印象的な『ベイカーズ』。樽からの影響が非常に強いバーボンで、アイスクリームのようなバニラの香りの中に、シトラスが感じられる。複雑な味わいと余韻の長いフィニッシュが特長で、最もパンチのあるクラフトバーボンとしても名高い。また、ヘビーなシガーと相性がよく、シガーマガジンなどでもよく取り上げられている。

そして、セミナーの最後にはノブ クリークシリーズから発売されるライウイスキー、その名も『ノブ クリーク ライ』の試飲が行われた。これは、トウモロコシの量を減らし、原料の51%以上をライ麦としたウイスキー。様々な熟成期間を経たライ麦をバランス良く組み合わせることでスパイシーな飲み口を実現している。今、アメリカではライウイスキーの人気が再燃しており、日本でも間もなく発売されるという。クラフトバーボン同様、2015年注目のウイスキーとなりそうだ。

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