2012年10月16日
曽我和弘のBAR探訪記 「噂のバーと、気になる一杯」
酒を楽しみたい・・・。そう思ったとき、人はバーという止まり木を探す。そしてバーテンダーと話をしながら酒なる嗜好品を味わっていくのだ。そんな酒の文化を創り出してきたバーも千差万別。名物のカクテルで勝負している店もあれば、バーテンダーの人柄や店の雰囲気で人を集めているところもある。数ある名物バーを探し、今宵はコレを飲んでみたい。
大阪府・北新地 Bar Simbar(バー・シンバ)
口コミ情報とは、思わぬほどのスピードでやってくるようだ。8月2日に北新地・永楽町通り(大阪)にオープンした「Bar Simbar(バー・シンバ)」の噂を聞いたのは、いつだったろうか。私がバーの探訪記を連載していることを知って誰かが教えてくれたのである。酔っていたのか、何かに忙殺されていたのかは思い出せない。しかし、「シンバ」という名前だけは、頭の隅に記憶されていた。そして「曽我さん好みのバーですよ」と言っていたとも思う。ある時、北新地にできた新しいバーを取材して欲しいとの依頼があった。それが「バー・シンバ」だったのである。
前述したように「シンバ」は、できて2ヵ月足らずという新しい店だ。店主は中嶋孝広さん、「ベッソ」「オールドコース」という人気店を渡り歩き、晴れてこの8月に独立を果たしたバーテンダーである。中嶋さんがこの仕事に就いたきっかけは、大学時代のアルバイト。「まさか本当にバーテンダーになるとは思っていなかった」そうで、当初は「カクテルのひとつでも作ることができたらもてるかな」との軽い気持ちでスタートしている。寺田町と桃谷との間にあるダイニングバーで勤め、当時のマスターだった古谷さんの仕事ぶりを見ているうちに、その仕草までもが、かっこよく映ったらしい。そしてひとつのカクテルが作れるようになると、面白くなり、次第にこの世界にのめり込んだ。
古谷さんと「ベッソ」の佐藤章喜さんが友人だったこともあり、古谷さんの声がかかり、その後、「ベッソ」で働いている。カクテル名人の呼び声高い佐藤さんの下で働いたことは、かなり刺激になったようだ。「それまでは大会に出ても予選も通らなかったんです。でも『ベッソ』に来たら練習方法も全く異なっており、流石に日本一を何人も輩出している店は違うなぁと思ったもんです」と中嶋さんは語っている。「ベッソ」で働きながら学び、中嶋さんは大きなカクテルコンペに3回出場した。「3回出て、全て3位。だから私は万年3位だって人には言っているんです」とおどけて話すが、全国で3位なら大したものだと私は思う。
弟子想いの佐藤さんだけに「ベッソ」では、スタッフの誕生日にプレゼントを贈る習慣があったらしい。大抵はぺティナイフやカクテルブックなど、仕事に関連するものをくれるのだが、ある年、中嶋さんは全く仕事に関係のない品をねだっている。それは金の"ビリケンさん"である。"ビリケンさん"とは、通天閣に設置している有名なキャラクター。何でもルナパークがあった時に、アメリカから持ってきたもの(初代はすでに失われている)らしい。中嶋さんは金色が好きなのだとか。なので「シンバ」でもメジャーカップやシェイカー、バースプーンなどが金色で統一されている。だからかもしれないが、中嶋さんは金色の"ビリケンさん"が欲しかったのだと言う。「ちょっと値も張ったので、個人的には絶対買わないでしょ。だから佐藤さんに頼んで誕生日プレゼントにしてもらったんです。独立したら、必ず飾るからってね」。ゴールドの輝きを放つ"ビリケンさん"は、カウンター内の棚に鎮座している。中嶋さんはプレゼント時の約束を守ったことになる。
中嶋さんは、都合4年半「ベッソ」で働き、ミナミのバーも体験したいと考えて「オールドコース」に移り、安岡啓介さんの下で働いてきた。今年の1月あたりから独立を考え、物件を模索していたらしい。当初は阿倍野辺りでと思っていたそうだが、なかなか見合う店舗もなく、北新地へと方向転換を行った。不動産屋の紹介で、ふらりと訪れたこの物件が、なぜか気に入り、独立時の店を岸本ビル1階に定めた。このビルの2階には、有名な「レストランカハラ」が入っている。たまたまその店も知己のあるデザイナーがやっていたこともあって彼に、「ここに出店しようかと思っている」と伝えたところ、「カハラと同じビルなら、ぜひやりたい」とそのデザイナーが申し出てくれたのだという。
「シンバ」のコンセプトは、山小屋だそう。栃や欅、たもの木をうまく配し、木の趣きある店に仕上げている。そう書くと、いかにもウッド調のバーを想像しがちだが、そうではなく、あくまでオシャレ感を持たせた上品なバーに仕上がっている。「扉の一部に節があり、そこが黒くなっているでしょ。そんな点がちょっぴり気に入っているんですよ」と中嶋さんは話す。いくら独立してすぐの店とはいえ、安っぽくはしたくなかったのだという。「使っているものは嘘のないようにして、高級感を持たせたかったんです。ゆったり座って飲んでもらえるように、肘掛けのある椅子をと、要望したんです」。店内はカウンターと奥のボックス席。木のカウンターは、味があっていい。中嶋さんに聞くと、「木のカウンターは、以前あった焼酎バーの名残だ」という。
中嶋さんは「ベッソ」でカクテルを覚え、「オールドコース」で数多くのウイスキーに触れた。「めったに飲めない『山崎50年』の味を知ることができたのも『オールドコース』のラインナップの豊富さ故。この日、中嶋さんが私に薦めてくれたのは「バランタイン17年スキャパエディション」。8月21日に新発売された限定品だ。「バランタイン」は、40種以上のモルト原酒を絶妙のバランスでブレンドして造られている。個性的なモルト原酒やグレーン原酒をひとつの作品にまとめ上げる技は流石で、「ザ・スコッチ」の異名を取るほど。新発売された「バランタイン17年スキャパエディション」は、キーモルトのひとつ「スキャパ」の香りや味わいを際立たせたものである。5代目のマスターブレンダー、サンディー・ヒスロップ氏が「バランタイン17年」の甘く、華やかな香りや味わいを変えることなく、ブレンド技術を駆使して造った。まさに「スキャパ」の特徴をうまく表した一本といえよう。現に中嶋さんも「甘みがしっかりしたウイスキー」と評している。「コクもあって水割りにすると、ウイスキーがすっとのびる感じがするんです。どんな飲み方をしても美味しいですが、今回はウイスキーフロートを試して見ませんか」と私に振ってきた。中嶋さんの言われるままに注文すると、彼は早速、それを作り始めた。
まず、グラスにきっちり収まるぐらいの角氷を入れる。そしてミキシンググラスに小さな氷をいくつか入れ、そこに120mlのミネラルウォーターを注ぐ。水を冷たくするため、長めにステアし、そのミネラルウォーターを先ほどのグラスへ注ぎ入れる。次に氷が入ったミキシンググラスに「バランタイン17年スキャパエディション」を45ml入れ、ウイスキーを冷やす作業を行う。ここで注意すべきことは、ウイスキーを冷やしすぎないこと。冷たくしすぎると、甘みや香りがなくなってしまうので、軽く冷やす程度にステアするのがいい。そしてミネラルウォーターの入ったグラスへと、ゆっくり注ぎ入れるのだ。ゆっくり注いだから、グラスにはウイスキーと水の二つの層ができている。この二層が動かぬように口元に持っていき、味わいながら飲んでいく。すると、初めはストレートっぽい味が伝わり、後から水が追いかけてくる。このようにして幾度も口に運ぶうちにウイスキーがうまく混ざり合うのだ。
中嶋さんが指摘するように確かに甘みに特徴がある。「バランタイン」が持っていた気品やクセのない味わいに、甘みやコクがプラスされた感じだ。「従来の『バランタイン17年』 と飲み比べると、全然味が違うんですよ。『スキャパ』が強調されているからか、ブレンデッドウイスキーでも、混ざり気のないシングルモルトのような感じがしますよね。ウイスキー好きによると、こちら(スキャパエディション)の方が旨いという人もいるくらいです」。当初、中嶋さんは、私にはハーフロックで出そうかと考えたようだが、それだと冷えすぎる嫌いもあったので、ウイスキーフロートを薦めたのだとか。「この方がウイスキーの味わいがよりわかると思ったんです」と薦めた理由を話してくれた。
実は中嶋さんは、無類の水割り好き。その中でもブレンデッドウイスキーの水割りが個人的に好みだという。昔はクセのあるものを好んでいたらしいが、今は逆にクセのないウイスキー美味しく感じるようになったと話す。だから優等生的な味の「バランタイン」は、よく薦める酒らしい。「まさにオールラウンドのウイスキーと言っても過言ではないでしょう。『12年』でも味がまとまっていますし、『17年』のソーダ割りも旨いですよ。どんな飲み方をしても美味しく飲めるウイスキーですね」。
ところで「バー・シンバ」は、私が訪れた時は、オープンから1ヵ月強がたっていた。この1ヵ月強の間、中嶋さんは休まずにカウンターに立ち続けている。「休みがないと大変でしょう」と私が言うと、中嶋さんは「日曜日でも開いているイメージをつけたいんです」と答えた。いつが休みだとか考えるのではなく、ずっとやっている、そんな店にしたいそうだ。「まだオープンして間がないのですが、意外にも日曜日は忙しいんですよ。この辺り(北新地)は、日曜日に休んでいる店が多いので、目立つのかもしれません」と言う。
永楽町通りの岸本ビル、しかも1階店舗と分かりやすい。ビルの少し奥まったドアの横には「シンバ」を表す金色のライオンのロゴが掲げられている。そして中にはいつも、獅子座生まれのマスター・中嶋さんが立っている。この日、まず扉を開けた時、上品な木のイメージといい、大きな木のカウンターといい、見ただけで「いい店だ」と思った。私にこのバーの存在を知らせてきたのは、いったい誰だったのだろう。彼が教えてくれた通り、確かに私好みの店であった。
Bar Simbar(バー・シンバ)
住所大阪市北区曽根崎新地1-9-2 岸本ビル1F
TEL06-6347-5400
営業時間月曜日~土曜日 17:00~翌3:00/日曜日 17:00~23:00
定休日無休