2012年09月27日
曽我和弘のBAR探訪記 「噂のバーと、気になる一杯」
酒を楽しみたい・・・。そう思ったとき、人はバーという止まり木を探す。そしてバーテンダーと話をしながら酒なる嗜好品を味わっていくのだ。そんな酒の文化を創り出してきたバーも千差万別。名物のカクテルで勝負している店もあれば、バーテンダーの人柄や店の雰囲気で人を集めているところもある。数ある名物バーを探し、今宵はコレを飲んでみたい。
大阪府・北新地 BAR山上
平成に入ってから色んな分野で師弟関係が希薄になりつつある。仕事のことを教えるスクールは多様化しているが、弟子に入るというシステムは現代社会にフィットしないのか、流行らなくなった。唯一、この制度が残っているとすれば、料理人の世界かもしれない。学校を出て、親方に習うというスタイルは、殊に日本料理の世界では顕著に見られる。彼らの持つ師への憧れは、見ていて羨ましい。かつてはこのような世界が日本社会に当たり前にあったのだと思うと、感慨深いものがある。
バーテンダーの世界にも料理人同様に師弟関係が深く存在している。彼らは師の教えを自分の弟子へと継承していく。こんなスタイルが当たり前になっているからか、バーテンダーを取材していると、まだまだ日本の社会もすたれたものではないなと思う。
今回、訪れた北新地(大阪)の「BAR山上」は、かつて「スナック&バー瀧」で働いていた山上順也さんが営んでいる。山上さんは24歳から10年間、「スナック&バー瀧」でバーテンダーとして勤めていた。酒にも興味を持たず、北新地にも一歩も足を踏み入れたことがなかった山上さんが、たまたま求人欄を見て、「スナック&バー瀧」に電話したのがこの世界へ入ったきっかけだ。当初はアルバイトとして軽い気持ちで勤めていたのだが、不慣れなことばかりで常に師匠である長瀧繁夫さんから怒られていたそうだ。「誰もが怒られると、悔しいですよね。その悔しさの積み重ねが、反骨心となり、いつしか面白さに変わっていったんですよ」と山上さんは振り返る。
山上さんが本格的にバーテンダーを志そうと決めたのは3年目のこと。長瀧繁夫さんの子息である長瀧敏郎さん(現在「スナック&バー瀧」の2代目店主)から1ヵ月もの長期休暇をもらったことがきっかけだ。「長瀧敏郎さんが休みをくれたんです。敏郎さんは海外経験が豊富だったので、私に向こう(海外)のバー事情を見てくることを薦めてくれたんですよ。1カ月かけてアメリカを回り、ニューヨークのバーを見学してきました。印象に残っているのはある老舗バーの光景。お客のほとんどが一度に2杯の地ビールをオーダーしていたんです。ビールはパイントグラスに入って出てくるんで、かなりの量がありますよね。でも、みんな一人1杯ではなく、なぜか2杯注文するんですよ」。そんな光景を見て山上さんは、来店客の9割が「カンカン」を注文する「スナック&バー瀧」とイメージをだぶらせた。「このバーでは名物として地ビールを飲んでいるんだなと思いました。すでにスタイルができあがっている点では『スナック&バー瀧』と同じでしたね」と話していた。
ニューヨークのバーに刺激された山上さんは帰国後、「スナック&バー瀧」のカウンターに立ち、長瀧さん父子からバーテンダーの技術を学んでいった。そして2007年に独立し、「BAR山上」をスタートさせたのだ。「今は師匠(長瀧繁夫さん)も亡くなりましたが、当時はまだ元気だったんです。もし、師匠が元気でなかったなら今でも私は『スナック&バー瀧』に残っていたでしょうね」と、かつての店への愛着を覗かせている。そんな山上さんと長瀧さん父子は固い絆で結ばれている。その証拠に独立に際して長瀧さんは斜向かいの店舗を紹介しているのだ。こんなに近くては客の取り合いになってしまう。躊躇する山上さんに長瀧敏郎さんは「独立するなら何かと近い方がいいのではないか」と言ったそうだ。かくして山上さんは2007年に「スナック&バー瀧」の斜向かいにあたる永楽町のビルに店を構えた。その時の名残がコースターに残っている。今では新地本通り近くにあるのだが、なぜかコースターのイラストには"EIRAKUCHO"の文字が入っている。「せっかく描いてもらったのだから今でもそのイラストを店前に架けているんです」と言う。
ビルの建て直しもあって「BAR山上」は、2009年に今の場所へ移っている。山上さんが、「スナック&バー瀧」の雰囲気を少しでも取り入れたいと、レンガを使って店内を設えた。流石に「スナック&バー瀧」のような昭和のイメージはないが、落ち着いた雰囲気といい、カウンター内に据えれたオープンリールデッキといい、できて4年の店とは思えないほどだ。「スナック&バー瀧」と違うのは国産ウイスキーも揃えているところ。特に「山崎」は「新山崎」から「山崎ミズナラ」まで揃っており、「山崎」ファンにはたまらない。ちなみに「山崎ミズナラ」は、ショットで2940円。山上さんは「一般のものより値段は少々高いが、ウイスキー好きにはたまらない味。本当に旨いウイスキーです」と評価している。
「BAR山上」も「スナック&バー瀧」同様に「カンカン」がある。「スナック&バー瀧」出身らしく、作り方も同じ。銅のマグカップに氷を入れ、ビーフィーターを約45ml注ぐ。それからトニックウォーターを80~90ml入れ、1/4カットしたライムを搾ってから加え、少しだけステアして提供する。このように記せば、手順が同じなので、「スナック&バー瀧」と全く同じ味のように思えるが、どちらも決まったレシピがあるわけではなく、バーテンダーが客の嗜好をキャッチして分量を変えているので、似て非なるものになっている。それに「スナック&バー瀧」では長瀧敏郎さんの代になってからソーダを用いているし、マグカップも錫と銅の違いがある。「長瀧さんにいっしょのもの(錫)を使ったらと薦められたんですが、何かおこがましい気がして、あえて銅製のものを使っているんですよ」と説明する。
山上さんは独立した時に「スナック&バー瀧」の「カンカン」にあたる自店の名物カクテルを作りたいと考えた。そこで思いついたのが、丸氷を用いたカクテルだ。「BAR山上」には、上部3.5cmに強化ガラスが入った細長いグラスがある。それに丸氷を入れると、氷が上部で止まる。そうなることを計算して強化ガラスが使用されているのだ。このカクテルは、ジンベース。勿論、前の店から使い慣れた「ビーフィーター」が用いられている。山上さんによると、「47度の『ビーフィーター』は、いいジンだ」と言う。主張しすぎず、さりとて度数があるからカクテルにすると存在感もある。香りも薄いので、他のものと混ぜてもケンカをしない。まさにカクテル向けのジンだと説明する。
ジンは17世紀半ばにオランダで生まれている。1689年オランダから迎えられ、イギリス国王になったウィリアムⅢ世は、故国の酒を奨励し、それが因でまたたく間にイギリス全土にジンが広まった。19世紀に入り、連続蒸溜機が急速に進歩したことで純度の高いライト、かつ洗練された酒(ジン)に変化。やがてそれはオランダのジュネヴァジンと区別する意味でドライジンと呼ばれるようになった。「ビーフィーター」が生まれたのは1820年。若き薬剤師ジェームス・バローの手によって生を受けた。「ビーフィーター」は、素材を約24時間浸漬して蒸溜して造っている。このような独特の製法が、キリリと冴えわたる中に複雑な妙味を有す味を生むのである。「使い慣れていることもありますが、『ビーフィーター』の47度はよくできていますよ。噂では47度をなくし、40度に一本化しようという動きもあったそうですが、やはりカクテルには47度が向いているからでしょう、無事残りました」。
では、この「BAR山上」のオリジナルカクテルを詳しく紹介しよう。まずレモンを1/6にカットし、包丁で切れ目を入れてグラスに搾り出す。そしてそのグラスに丸氷を入れる。前述したように丸氷はグラス上部1/3ぐらいの所で止まる。そこへ上から「ビーフィーター」を45ml、さらにトニックウォーターを100ml注ぎ入れ、それからシャンパン45mlを加えるのだ。丸氷がグラス上部で止まっているから当然ステアはできない。こうして提供されたオリジナルカクテルを私は喉に流し込んだ。昼間が熱かったこともあって実に爽快感がある。ジンとシャンパンがうまくまとまり、ライトな感覚で飲みやすく、いくらでもいけそうだ。
「この味なら女性が好みますよね」と言うと、山上さんは「女性はシャンパン好きの人が多いですからね」と答えてくれた。このカクテルには「アンリオ・ブルットスーベラン」が用いられている。以前は「ローランペリエ」を使っていたのだが、安定して入りやすいことから「アンリオ」に代えたのだという。「BAR山上」ではシャンパンをグラス売りしている。カクテルに使うと、一本を皆でシェアできると考えた山上さんがこのオリジナルカクテルに用いたのが誕生のヒントらしい。「どうしても炭酸が隙間から抜けてしまうでしょ。どうしたら炭酸を長く楽しめるのだろうと考えた結果が丸氷をグラス途中で止めてしまうこの形だったんですよ」。だから少し先細りしたグラスを用い、途中で丸氷を止めている。飲むうちに氷が溶けて徐々に下がっていく。まさにラムネの原理を応用したカクテルといえよう。
「ところで、このカクテルの名前は何ですか?」。この当たり前のような質問に、山上さんは「実は正式な名称をつけていないんですよ」と困った様子を見せた。常連客は、「ルナボール」とか「山上スペシャル」とか勝手に呼び名をつけている。ドライジン(イギリス)とシャンパン(フランス)が使われているために「ドーバー海峡」なんていう人もいるらしい。「なぜつけないんですか?」と聞くと、「お客様が色んな愛称で呼んでいるうちに今に至ってしまいました。つけないといけないと思っているんですが...」。一番多いのは「丸いの、ちょうだい」って言う人だそう。あまりにも曖昧!しかし、味はその曖昧さと正反対でキリッとしている。私は「丸いの」を味わいながら時には名称に縛られないカクテルがあっても面白いと、妙に納得してしまった。
住所大阪市北区曽根崎新地1-3-36 竹新ビル1F
TEL06-6344-1115
営業時間月~金 18:00~02:00/土 18:00~00:00
定休日日祝日 ※お盆・年末年始は休業