2013年05月20日
曽我和弘のBAR探訪記 「噂のバーと、気になる一杯」
酒を楽しみたい・・・。そう思ったとき、人はバーという止まり木を探す。そしてバーテンダーと話をしながら酒なる嗜好品を味わっていくのだ。そんな酒の文化を創り出してきたバーも千差万別。名物のカクテルで勝負している店もあれば、バーテンダーの人柄や店の雰囲気で人を集めているところもある。数ある名物バーを探し、今宵はコレを飲んでみたい。
大阪府・阿倍野 Bar 7th(バー・セブンス)
天王寺界隈は飲食店用店舗の家賃が高いとよく耳にする。JR天王寺駅周辺の再開発が進み、劇的に街が変化したためか、その煽(あお)りが出店しようと考えている若き店主に出ているようだ。聞くところでは、天王寺界隈が高いために断念し、北新地に出店した人もいるという。いくら天王寺が再開発したところだといえ、北新地より高いとはいくら考えても不思議というほかない。
「天王寺・阿倍野周辺でも、ここまで来たらその煽りはなかったですね」と「Bar 7th」の鮎川正徳さんは話している。鮎川さんが「ここまで来たら」というほど「Bar 7th」の立地は悪くはない。地下鉄阿倍野駅の3番出口を東へ5分ほど歩いたところにその店はある。「あべの辻調理師専門学校」の手前にあり、鳴門水道の看板を目印に大通りから折れて脇道へと入っていく。そうすれば、レンガ建ての建物にポツンと小さな灯が灯っている。それが「Bar 7th」なのだ。
「Bar 7th」には派手な看板もない。だが、逆にそれが漫画「レモンハート」に出てくるような隠れ家的魅力を醸し出している。だからあえてこの場所に店を構えただろうとついつい想像してしまう。
「Bar 7th」は、今年の3月に鮎川さんが独立し、開いた店である。7坪の店内にはカウンターに6席、ボックスには5席あるという小ぶりなバーだ。店名の由来を聞くと、「7坪だから7thです」とさらりと言う。これに加えて鮎川さんがバーテンダーになって7年目で独立したことや第7感の意味にも起因しているらしい。「第6感の上で、セブンスセンスというのがあるんです。それには心の動きなども含まれるのだそうですね」と7th由来の意味を話してくれた。
鮎川さんは堺の出身だ。23歳までは音楽にのめり込んでおり、バーとは全く縁遠い世界に身を置いていた。ただ、友達のお父さんが無類のバー好きで、福岡に連れて行ってもらった時に鮎川さん自身は、初めてオーセンティックバーというものに触れている。「親不孝通りの『サントリージガーバー』に行った時に友人のお父さんが『彼に変わったカクテルを飲ませてあげて』と注文してくれたんです。すると、出てきたのが『アラウンド・ザ・ワールド』。私はそれまでカクテルなんてものを飲んだことがなく、なんとオシャレな飲み物で、大人の世界があるんだなぁと思ったものですよ。その時のいいイメージが潜在的にあったんでしょうね、いつしかバーテンダーの道を選んでいました」。
その後、鮎川さんはアメリカ村のダイニングバーで勤めだし、オリジナルカクテルも考案するようになっていた。しかし、やり続けているうちに、それが自己満足の世界だということに気づいた。そんな折りに出会ったのが「街のあかり」の中井さんだったのである。「自分の地元近くでもあった深井にこんなステキな店があったのかと思いましたよ。それで『街のあかり』で勤め始めたんです。ある時、店でボジョレヌーボの樽を買い込んだことがあったんです。景気もよかった時代で、24時の開禁から朝9時頃までずっとお客様が帰らず飲んでいたのですが、その時、中井さんに『仕事する側は楽しむこともできないので大変ですね』と言ったんです。すると、中井さんが『でも、それが楽しくてこの仕事をやってるんだ』と一言。それを聞いてカッコいいなぁって思い、中井さんを尊敬する気持ちがさらに強くなっていったんです」。
鮎川さんは5年で「街のあかり」を辞し、「ホテルトラスティ大阪阿倍野」で勤めた。その間に独立する時の候補地であった天王寺・阿倍野界隈を飲み歩いた。いわば市場調査も兼ねての就職である。街場のバーを経験し、次のステージとしてホテルという環境にいったん身を置いてみるのもいいと思ったようだ。ホテル時代は店に鉄板焼きがあったので、半分以上はその仕事をしていたらしい。そんな仕事をしながら、ふと思ったことがある。それは鉄板焼きの仕事が忙しいためにお客さんを置き去りにしてしまっているということだ。「街のあかり」も小さな店ではない。ある程度、客あしらいはできるが、忙しくなってくると、密接にしゃべることもままならなくなる。だから小ぶりなお店をオープンした。この店の距離感では、お客さんを放っておくことは、まずないからだ。「仮りに世界一美味しいカクテルを作るけれど、世界一おもしろくない人がバーテンダーをやっている店があるとします。それとは逆に美味しいカクテルは全く作ることはできないが、世界一おもしろい人がいるバーがあったとします。お客様はどっちを選ぶでしょうか。答えは明白で、後者だと思うんですよね。料理屋と違ってそれがバーの性質だと思うんですよ」と鮎川さんは話す。「Bar 7th」をオープンするにあたり、鮎川さんがどれほどお客さんと一期一会を持とうとしているのが、この会話からでもよくわかる。そう、鮎川さんは阿倍野のこの地で、お客さんと楽しい時間を過したいと考えていたのだ。
かといって鮎川さんは、美味しいカクテルを作ることができないわけではない。現にNBAジュニアカクテルコンペティション全国大会で総合3位に入ったほどの実績もある。この時は「銀河鉄道」というウオッカベースのカクテルで、ゴールド賞とベストテクニカル賞に輝いている。スカイウオッカ、グレープフルーツリキュール、パルフェタムール、ブルーキュラソーとグレープフルーツジュースで作るそれは、今でも鮎川さんの代名詞のようになり、この店でも注文する人が多いそうだ。鮎川さん曰く「見ための印象がよく、これからもずっと作り続けていくだろうなと予感するカクテル」だとか。大会では、バーで出すのとは違い、デコレーションに工夫を凝らした。カクテルグラスの外側に金粉と砂糖で道を作り、グラスの口からはパスタの線路でつなげている。そこをチョコレートの機関車が天空へ駆け上る様を描いた。もしこの説明文でわかりにくければ、NBA大阪中央支部の待ち受けトップ画面を覗いてほしい。そこにはまさに銀河鉄道さながらのカクテルが掲出されている。
私は「Bar 7th」のカウンター席に移り、鮎川さんにオススメのカクテルを作ってもらうことにした。鮎川さんがこの日、薦めてくれたのは「ファインジュレップ」。ミントジュレップの「マッカランファインオーク」版といってもいいような一杯だ。
「マッカランファインオーク12年」をベースにしたこのカクテルは以下のように作る。まずグラスに氷を入れて冷やし、ステアしてある程度温度を下げたら、速やかに氷を捨てる。そして次にミントを多めに入れ、「マッカランファインオーク12年」を40ml注ぐ。ペストルだと、ミントがつぶれすぎて蘞(えぐ)みが出るので、ここではあえてバースプーンを用いてつぶしていく。半分ぐらいつぶれた感じになったら、マロニエのトチ蜜(ハチミツ)を2ティースプーン加える。鮎川さんによれば、ハチミツなら何でもいいわけではなく、「マッカラン」の樽の木の香りとうまく調和するので、これを選んだのだそう。さらに「このトチ蜜はさらっとしていて溶けやすく、カクテルにも使いやすい」とも言う。トチ蜜がうまく混ざったら、グラスの8分目までクラッシュアイスを入れ、ソーダ80mlを注いでいく。そして炭酸が飛ばぬよう軽くステアして、最後にミントを一枚載せて出来上がる。
「マッカラン」のファインオークシリーズは、「ザ・マッカラン」の華やかさはそのままに、ヨーロピアンオークのシェリー樽原酒とアメリカンオークのシェリー樽原酒、バーボン樽原酒の3つの異なる原酒を絶妙なバランスでバッティングしたウイスキー。複雑かつ、軽やかな味わいで、ソーダで割るとその特徴がさらに際立つ。鮎川さん自身は、一般的な「マッカラン」より、「ファインオーク」の方が好きらしい。「ザ・マッカランはシェリー樽原酒で、ソーダで割ると、発酵臭のようなものが出てしまい、ハイボールには適さないのですが、ファインオークは、ソーダで延ばすことで、さらに美味しくなるんですよ」。トリプルカスクがいい効果を与えているのだろう、「マッカランファインオーク」は、さらっとしていいとの評価を巷でもよく耳にする。「マッカラン」だと、合わせにくいが、「ファインオーク」の方は軟水のソーダでも美味しい味になるようだ。
「Bar 7th」では、ファインオークシリーズは12年のみを置いている。味の安定感といい、求めやすい価格帯といい、12年は秀逸であると鮎川さんは言う。そして「10年と比べると、12年の方がマッカランらしさが醸し出されているのも推す点ですね」と付け加える。
「ファインジュレップ」は、鮎川さんが評価する「マッカランファインオーク12年」をベースに作られている。爽やかさを出すためにミントをふんだんに入れ、ペストルではなく、バースプーンでつぶしたり、ウイスキーの持つ木の香と合わせるためにマロニエのトチ蜜を使ったりと、随所に鮎川さんのこだわりが盛り込まれている一杯だ。「ファインジュレップ」が、ミントジュレップをモチーフに作られているだけあって、この店ではやはり「ミントジュレップ」や「モヒート」もよく出るのだという。
鮎川さんは現在30歳、独立した人では若い方であろう。でも、その研究熱心さは、ベテランにも負けないほどだ。それがこの一杯を飲むと実によくわかる。かつて鮎川さんが働いていた「街のあかり」のように、阿倍野地区での"街の灯"になりたいと思い、一人でカウンター内を切り盛りしているという。「Bar 7th」には、派手な看板は存在しない。いや、この後もそれは必要ないだろう。それは鮎川さんの作るカクテルが、十分看板たる役目を果たそうとしているからだ。
住所大阪市阿倍野区松崎町3-17-13
TEL06-4399-7555
営業時間19:00~翌4:00
定休日日曜日