2013年06月13日
曽我和弘のBAR探訪記 「噂のバーと、気になる一杯」
酒を楽しみたい・・・。そう思ったとき、人はバーという止まり木を探す。そしてバーテンダーと話をしながら酒なる嗜好品を味わっていくのだ。そんな酒の文化を創り出してきたバーも千差万別。名物のカクテルで勝負している店もあれば、バーテンダーの人柄や店の雰囲気で人を集めているところもある。数ある名物バーを探し、今宵はコレを飲んでみたい。
大阪府・法善寺横丁 MAIN BAR SPIRITS(メインバー・スピリッツ)
再開発ラッシュで大阪らしい風情が消えてしまう。そんな言葉を耳にする。何が大阪らしいのか、その定義は定かではないが、一般的イメージとしてとらえるなら昔の大阪の雰囲気を残しているのが、ミナミの法善寺横丁ではないだろうか。法善寺とは山号を天龍山といい、阿弥陀如来を本尊とする浄土宗の寺院である。金毘羅堂と水掛け不動が有名で、特に後者に願をかける人は今も絶えない。ちなみに飲食店が並ぶ法善寺横丁は、その昔は境内の一部だった所で、さらにこの先にある千日前は法善寺の門前に由来している。この寺のすぐそばにあるのが「夫婦善哉」。明治16年に法善寺浮世小路で木文字十兵衛が始めたぜんざい屋「お福」がその始まりで、一人前を2つの椀に分けて出すことからその名がつけられている。
観光客っぽいと言われてしまえばそれまでだが、私は法善寺界隈が好きで、たまにふらりと覗くことがある。そして昼には決まって夫婦善哉を食べる。某日も気まぐれで「夫婦善哉」に行ってみた。すると、「夫婦善哉」の奥に白壁のバーを発見。壁には「MAIN BAR SPIRITS(メインバー・スピリッツ)」 と書かれている。細長い窓があり、その中を覗き見ると、オシャレなバー空間が広がっていた。オープンは15時からのよう。陽が高いのは知りつつも興味本位で入ってみたくなった。
水掛け不動に向かって右側にある「MAIN BAR SPIRITS(メインバー・スピリッツ)」は、難波で「BAR SPIRITS(バー・スピリッツ)」を営んでいる高島康二さんの2号店だ。話を聞くと、高島さんは4年前に独立し、松竹座の裏辺りで8坪の小ぶりなバーをやっていたそうだ。3年間がたち、その規模で数字的限界が見えてきたので、もう少し大きめの店を持ちたいと、「MAIN BAR SPIRITS(メインバー・スピリッツ)」を3月15日にオープンさせたとのことである。
高島さんがバーという世界に触れたのは大学時代。アルバイトでレストランバーに勤めたことで、バーテンダーの仕事を知り、非常に興味を持ったそうだ。しかし、理工系の大学で学んでいた高島さんは、その道には進まず、いったん設備関係の会社に就職している。それでも大学時代に目覚めたバーの世界に未練があったのか、その会社を1年ほどで辞し、「EASE(イーズ)」の門を叩いた。以来、ずっとこの界隈で仕事に就いてきた。「昔から法善寺界隈で店を持ちたかったんですよ。ミナミの街の中で、この場所のみが昔の風情を残しているでしょ。法善寺横丁は大人が遊びに来る場所とのイメージもついています。自論ですが、バーは文化のある場所に根づくと思っているんです。美味しい料理を出す店も沢山、この界隈にはありますし、そこへ行ったら二軒目は『メインバー・スピリッツ』へ――。そんなルートが定着すれば、いいんですが...」。高島さんは、以前からこの場所が空き店舗になっていることを知っていた。「夫婦善哉」と「すし半」に挟まれ、ビルの奥まった場所を敬遠したのか、場所がいいのに意外にも借り手がなかった。だが、1階店舗で、しかも「バーは文化のある場所に根づく」との自論を掲げる高島さんには、これほどいい物件はなかったようだ。
「目立つように、あえて白壁にしたんですよ。この辺りは和風イメージなので、それとは反して高級感のある白壁にして欲しいと施工業者に注文しました。中が覗けるようにと、細長い窓を設けたんです。これが効果的で、初めての人でも入りやすくなったようです。窓の高さも建築設計士と熟考したので、覗いてもお客様と目線が合わないようになっています。一方、中からは『夫婦善哉』の提灯がちらついて見え、一枚の風景画のように映るんです」。私は昼間にこの店に入ったので、その時点で夜の光景はわからない。でもこの界隈を知りつくしているので十分イメージできた。座った場所から少しだけ高い位置にある窓からは、法善寺の風情が窺える。それは大阪の絵ハガキでよく目にする水彩画に近いものだろうと思った。
「メインバー・スピリッツ」の素晴らしい所は、この借景だけではない。ゆったりめにスペースが設けられていることにもある。席を詰めず、広めに空間を取っている理由は、あえてバリアフリー設計にしたから。高齢化社会が現実となり、酒好きの人も自ずと歳をとっていく。仮りに歩行が不自由になっても気軽に来れるようにと、車椅子が通れるようなスペースを設けた。玄関にも段差はつけず、トイレ内にも介助棒を設置した。こうしておけば、安心して高齢者も飲みに来ることができる。こんなことを考えてバーを設計する人は少ない。ましてやバーは、どうしてもビルの上や地下にあるために、足が衰え気味の高齢者向きではない所が多い。こんな細かい点まで気を配って造られているのだ。「常連で目が不自由な方がいるんです。障害があるからって飲みに来てはいけないわけではありません。バーとしては、そんな方もどんどん来てもらいたいわけです。その常連さんはお酒が好きで、うちを気に入って通ってくれます。『酒を作る音を聞いているだけで楽しい』と言うんですよ。そう言われると、こちらもできるだけ心地よく楽しんでほしいと思うようになりました。そんなことを考えながら無駄な動きをなくしていくと、リズム感が生まれたんです。だから私はいつもきれいな動きができるように心掛けているんですよ」。
高島さんは、バーを非日常世界だととらえている。お金を払ってまで飲みに来てくれる人のために、色んな所に気を配っている。そのひとつがダイヤモンドカットされた氷。本来は角がない方がいいそうだが、丸氷は当たり前になってしまった。機械でも丸氷が作れる時代なので付加価値がつきにくいという。だからカッコよくダイヤモンドカットにする。そうすることで少しでも満足度をアップさせようとしているのだ。「ロックでどこに贅沢感を出すかといえば、グラスか、氷なんですよ。今は丸氷がカッコよく映る時代ではありません。だからこのようにカットしています。氷を切る作業もひとつの演出で、特に女性にはウケがいいですね」と話している。
ところで私は、本日スモールバッチをテーマに飲もうと思っている。それを高島さんに告げると、まず「ブッカーズ」のストレートを出してくれた。一般的にバーボンウイスキーは、数十樽の原酒をブレンドして造っている。その中でスモールバッチと呼ばれるものは、10樽以下の原酒をブレンドして瓶詰めしたもの。しかも生産単位が少量のものを指す。ジムビームの「ブッカーズ」もそれにあたる。6~8年熟成された原酒を、水などで希釈せずに瓶詰めしており、アルコール度数も60.5~63.5度と、高いのも特徴だ。高島さんは、「強いバーボンを」と注文があった時、必ず「ブッカーズ」を出しているそうだ。飲み方はあえて指定しない。でも、「ストレートが一番美味しい」と話している。
バーボンにしては色が濃い「ブッカーズ」を口にする。60度もあるのに、飲んだ時になぜかそれほど強く感じないような気がする。口内には芳醇な香りが広がり、果実のような甘さを感じる。荒々しいバーボンをイメージする人には、意外性があるかもしれない。まろやかで上品な味わい――、しかしそれが喉を通る時はドーンとした力強さを感じる。この印象がバーボンファンを虜にするのだろう。「口に含んだ時は60度もあるとは思わないでしょ。熟成感があって旨みも印象的。だからついつい飲ってしまうんです。気がつくと、すぐに酔ってしまう。いつも私はお客様に『必ず水を飲んでください』と言っているんです」。
ジムビームの6代目マスターディスティラー、フレディ・ブッカーズ・ノウJr.が生み出し、その名がつけられた「ブッカーズ」は、スモールバッチといいつつもシングルバレルバーボン。6~8年の熟成を経た樽から直接瓶詰めされている。だから蔵出しのアルコール度数がそのまま出ているのだ。ラベルに記された「最高のバーボンだから、あえて度数を下げずに造った」の言葉は、完成度を窺い知る証明でもある。高島さんは「ブッカーズ」を個性的で薦めやすいバーボンだと言っている。特に「バーボン好き」という人に提供すると、必ずいい反応が返ってくるそうだ。
「ブッカーズ」を飲み干したところで、次には、それと印象が正反対な「ベイゼルヘイデン」を注文することにした。先程、ストレートで飲ったので、今回はロック。その意を告げると、早速、高島さんはダイヤモンドカットした氷をグラスに入れ、「ベイゼルヘイデン」を30ml注いでくれた。この酒は1992年に発売されたスモールバッチ。オールド・グランダットと呼ばれたベイゼル・ヘイデンからその名を取っている。高島さんによると、「ブッカーズ」は名指しで注文が通るが、この「ベイゼルヘイデン」や「ノブクリーク」「ベイカーズ」はそうでもないらしい。「名前の知っているバーボンでは面白くない。有名ではないもので何かちょうだい」と言う人には、スモールバッチを出すとのこと。その中でも「飲みやすいものを」と注文する人には「ベイゼルヘイデン」を薦めると言う。
高島さんが言うように「ベイゼルヘイデン」は強さと柔らかさの両方を兼ね備えたバーボン。8年の熟成で、アルコール度数は40度に調整されている。口に含むと先程の「ブッカーズ」とは違って甘さが少なく、スパイシーな感じがする。高島さんは、この「ベイゼルヘイデン」を「ブッカーズ」と対照的なウイスキーだと指摘する。「特に柔らかさが印象的ですね。『ブッカーズ』は、ソーダ割りでもバランスが崩れないのですが、『ベイゼルヘイデン』は、ソーダで割るよりもストレートか、ロックの方がいいでしょうね」。
ついでにジムビームで造られている「ノブクリーク」と「ベイカーズ」についても聞いてみた。前者は9年の熟成で、アルコール度数は50度。低温と高温で二度焼きしたオーク樽で熟成している。片や「ベイカーズ」は、53.5度で7年の熟成。氷が溶けても失われないリッチな香りが特徴的だ。「4つのスモールバッチの中で『ノブクリーク』だけは人命由来の名称ではないんです。これはケンタッキー州の小川の名前をつけているんですよ。樽香が強い酒で、内側を焦がした樽で熟成しているのがよくわかります。ソーダで割ってもこの香りは残っているくらい。飲むと、ちょっと苦く感じるかもしれません。『ベイカーズ』の方は、バランスがいいウイスキーですね。少しドライで、甘さよりスパイシーさが目立ちます。バランスがいいといっても力強さがあるので、『ベイゼルヘイデン』より、こちらの方がバーボンらしい味といえるでしょうね」。
こんな話を聞きながらスモールバーボンの飲み比べを行っていた。ふと気づくと、外は夜の帳(とばり)が降りようとしている。陽の高い時間に入ったのに、気づくとすでに夕刻になっていた。そろそろ「夫婦善哉」の提灯に火が灯る頃だろうか。そう思って細長い窓から法善寺の風景を見た。すると、そこにあるのは、私がイメージした一葉の絵ハガキそのものだった。
●MAIN BAR SPIRITS(メインバー・スピリッツ)
住所大阪市中央区難波1-2-10 法善寺MEOUTOビル1F
TEL06-6212-7733
営業時間15:00~23:30
定休日無休