2013年06月26日
曽我和弘のBAR探訪記 「噂のバーと、気になる一杯」
酒を楽しみたい・・・。そう思ったとき、人はバーという止まり木を探す。そしてバーテンダーと話をしながら酒なる嗜好品を味わっていくのだ。そんな酒の文化を創り出してきたバーも千差万別。名物のカクテルで勝負している店もあれば、バーテンダーの人柄や店の雰囲気で人を集めているところもある。数ある名物バーを探し、今宵はコレを飲んでみたい。
大阪府・北新地 堂島サンボア
手元に「サンボア」の系図がある。「堂島サンボア」の鍵澤秀都さんにもらったもので、どうやら「サンボア」の80周年祝賀の際に挨拶状として渡したものらしい(「サンボア」は5年後、100周年を迎える)。この系譜図によると、岡西繁一さんが「サンボア」を始めたのは大正7年(1918年)4月。神戸の北長狭通6丁目36番地で産声をあげている。その前身となる「関西ミルクホール」は鳴尾のゴルフ場にあったそうだ。岡西さんの下に鍵澤秀都さんの祖父・鍵澤正男さんが付き、「関西ミルクホール」を数年営んだ後に、神戸で「サンボア」をオープンさせたという。
岡西さんは、昭和に入ると、花隈から北浜へと店を移転、大阪証券取引所の裏辺りで「サンボア」を開いた。残念ながら岡西さんの営んでいた「サンボア」は現存していない。あるのは、その教えを受け継ぎ、暖簾分けされた店ばかりである。その中で最も古いのは、中川護録さんが開いた「京都サンボア」(大正14年開業)、そして岡西さんの直弟子だった鍵澤正男さんの「堂島サンボア」が昭和9年開業と次に古く、その後に大竹金治郎さんの「北サンボア」(昭和21年開業)、鍵澤時宗さん(鍵澤正男さんの弟)の「南サンボア」(昭和26年開業)ができ、その4店から暖簾分けした「祇園サンボア」「木屋町サンボア」「島之内サンボア」「梅田サンボア」「サンボア・ザ・ヒルトンプラザ店」「北新地サンボア」と続く。日本料理店ならともかく、バーでこれほど明確な系譜図を持つ店が存在するだろうか。歴史というのは凄いもので、ひとつの店が作ったストーリーを時を追って辿っていくと、そこには大河が流れていることがわかる。
「サンボア」の中でも「堂島サンボア」は本家筋ともいうべき存在。なぜなら岡西さんと供に仕事をしてきた鍵澤正男さんが始めた店だからだ。前述したように鍵澤正男さんは、岡西さんの店を出て中之島の旧朝日新聞ビル(現在は工事中)付近で「堂島サンボア」をスタートさせている。「定かではないが、元は米蔵だった所を改装してバーを造ったようですよ。ちなみに私の父親(鍵澤正)は、そこの2階で生まれたんですよ」と鍵澤秀都さんは話していた。今の場所に移ってきたのは昭和22年。当時は平屋の建物だったそうだが、昭和30年に建て替えて現在に至っている。
「サンボア」というと、すぐにイメージするのが「角ハイ」。「サンボア」のそれは氷が入らない独特のスタイル。その昔、氷は入れるものではなく、そのもの自体を冷すものとして使われていた。氷で冷やす冷蔵庫があったり、氷の上に炭酸を置いて冷やしたりしていたようで、その頃の名残からか、今でも「サンボア」では氷なしの「角ハイ」を提供している。「今でこそ珍しく映りますが、古い常連さんには氷が入ってないのがあたり前。それに氷を入れると、ガス圧が低くなり、溶け出して水っぽくなるでしょ」と鍵澤秀都さんは説明してくれた。
昔のバーの風情が味わえる「堂島サンボア」には、やはり洋酒好きの人が多く集まっている。後のボックスに腰掛けてゆっくり飲るのもいいが、やはりカウンターに陣取って立ち呑みする方が絵になる。バーテンダーが作る様も酒のアテのうち、カウンターに立つと、優越感に浸れるのは私だけであろうか。サントリーウイスキー「角瓶」は1937年に誕生している。「堂島サンボア」がオープンして2年後である。「昔は水割り自体がなかったので、割るのは炭酸。いつしか誰とはなしに『角ハイ』と呼ぶようになったのでしょうね」と鍵澤秀都さんは言う。
「堂島サンボア」の「角ハイ」は、決まってダブル。シングルだと頼りないからか、昔からそう決まっている。水割りだと1:2で、ハイボールだと1:3で割る。鍵澤秀都さん曰く、「昔からのレシピで、これが美味しいと思う飲み方」なのだそう。
5月21日にサントリーから新しい「角瓶」が出た。その名も「プレミアム角瓶」。価格は旧来の「角瓶」より少し高く、「オールド」「リザーブ」クラスか。手に届く贅沢さをコンセプトにしており、「角瓶」らしさ(バランスのとれた味わい)は、そのまま残し、さらに重厚感が加わったものになっている。鍵澤秀都さんは、「プレミアム角瓶」を「角瓶のような男っぽさはなく、柔らかい味」と表現している。そして「落ち着いた気分で、飲りたいウイスキーだ」と付け加える。5月21日の入荷以来、「堂島サンボア」では、話のタネに飲む人が多いそうだ。そして気に入ると、3~4杯飲って帰る人もいるらしい。
早速、私も気になる「プレミアム角瓶」を一杯飲ることにした。
「堂島サンボア」だから、注文はハイボールで――。私の注文に応え、鍵澤秀都さんは、早速、それを作り始める。氷なしのグラスにウイスキーを60ml入れ、一気にソーダを注ぐ。なぜ一気に注ぐのかは、「昔からこの入れ方で別に意識してやっているのではありません。それに昔のように忙しかった時代には、ゆっくりやってたら間に合わなかったのでは...」というのが答えのようだ。
鍵澤秀都さんがアルバイトで、このカウンターに立ち始めた頃は、かなり忙しかったそう。バーそのものも脚光を浴びていた時代で、18時にはカウンターがぎっしり埋まったという。だから一気にソーダを注ぐ。グラス内で炭酸がはじけ、爽快感が漂ってくる。昔も今もこの時季には、ぴったりな飲み物といえるだろう。
鍵澤秀都さんが言うように「プレミアム角瓶」は、「角瓶」に比べて口当たりがなめらかで、濃厚な甘さがある。トゲトゲしさはなく、芳醇な感じがする。"自分への褒美や大切な人と過ごすちょっとした時間に飲んでほしい"とはよく言ったもので、「角瓶」より小ハレ時にふさわしいウイスキーだ。「ハイボールもいいですが、ロックやストレートで飲ると、さらによくわかりますよ」との鍵澤秀都さんの言葉に誘われて、2杯目はストレートで飲ることにした。ストレートで飲むと、まろやかさはハイボールよりも実感できる。舌ざわりもよく、味も濃い。「角ハイのイメージがあるので、この『プレミアム角瓶』もハイボールにする人が多いんですが、私はストレートもしくはロックで飲るのもいいと思っているんです。そうして飲むと、甘みもよくわかり、いいウイスキーだなって実感できるんですよ」。鍵澤秀都さんは「いいウイスキーは、ハイボールにすると頼りなく感じる」と言う。しかし、「プレミアム角瓶」は、「角瓶」のバランスのとれた味わいをキープしており、ハイボールにしてもいい。キレやドライ感は「角瓶」の方が上だが、その分、甘く柔らかな味が秀でている。香り、味わいの総量がアップしたかのようで、長い余韻が楽しめるのだ。
「氷なしの『角ハイ』がうちのスタイルですが、氷を入れてと言われれば、リクエストに応えて作るんですよ。でも、自分で飲むならやっぱり氷は入れませんね。ここだけの話、家で飲む時にベロベロに酔ったら、もしかしたら入れているかもしれませんがね...」と笑う。冗談めかしにそう言うが、やっぱりこの店には氷なしの「角ハイ」が似合う。たとえそれが「プレミアム角瓶」に代わったとしても...。
昔は、携帯電話もなかったので、この店で待ち合わせて、一杯ひっかけてから面子が揃ったら街へ繰り出すというのがよくあるパターンだった。しかし、今は梯子は少ない。この店に入り、じっくり飲む――、そんなスタイルが定着してきている。だから若い人はボックスに座って飲むのだろうか。「60~70代は立って飲るが、若い人は座ってますね」の言葉が、なんとなく世相を表している。今では客の大半はうまく店を使い分けている。ウイスキーが飲みたければ「堂島サンボア」へ足を向ける。やはり酒好きの人は、このバーが大好きなのだ。
ガッツリした「角瓶」に対し、贅沢さのある「プレミアム角瓶」、特に女性には後者がウケるのではないだろうか。そんなことを思いつつ、ストレートの味をチビチビと確かめる。ワンランク上の「角瓶」をこうして飲んでいくと、いずれハイボール派とロック派に分かれるのではないか。これが鍵澤秀都さんとの共通した意見でもある。ハイボール?もしくはロック?いずれにせよ、このワンランク上の「角瓶」は、甘くプレミアムな味を私達に与えてくれる。
住所大阪市北区堂島1-5-40
TEL06-6341-5368
営業時間17:00~23:30(土曜日は16:00~22:00)
定休日日祝日