2014年06月10日
曽我和弘のBAR探訪記 「噂のバーと、気になる一杯」
酒を楽しみたい・・・。そう思ったとき、人はバーという止まり木を探す。そしてバーテンダーと話をしながら酒なる嗜好品を味わっていくのだ。そんな酒の文化を創り出してきたバーも千差万別。名物のカクテルで勝負している店もあれば、バーテンダーの人柄や店の雰囲気で人を集めているところもある。数ある名物バーを探し、今宵はコレを飲んでみたい。
大阪・肥後橋 Kitchen&Bar Lion Heart(キッチン&バー・ライオンハート)
暑くなり、ミントの爽快感が恋しい季節になってきた。こんな時は、早い時間からミントジュレップを飲むに限る。肥後橋(大阪)で一仕事終え、事務所に帰っても仕方ないかと直帰することを決め込んだ。肥後橋は、本町、淀屋橋と肩を並べる大阪のオフィス街だ。ビルが乱立する一画に不思議と昔ながらの商店街の名残がある。肥後橋商店街と名がつく短い通りには、かつて多くの商店があった。流石に今はビル街になったためか、商店は少なくなってしまったが、その分、飲食店が軒を連ねるようになってきた。
肥後橋商店街の北端に一軒のバーがある。店名を「Kitchen&Bar Lion Heart(キッチン&バー・ライオンハート)」といい、昨年までリーガロイヤルホテルで働いていた桂木康裕さんが店長を務めている店だ。私がこのバーを知ったのは一年半ぐらい前。京阪神エルマガジン社の営業担当者が「近くにバーがあるんだよ」と言って誘ってくれたのである。その人が珍しがるように、この辺りには飲食店はあってもバーは少ない。需要と供給のバランスがオフィス街では合わないと考えてか、はたまた北新地が近いので食事が終わればそちらへ行ってしまうと思ってかわからないが、あまりその手の店は見かけなかった。覗いてみると、意外にも客がいっぱい。逆の意味で供給が需要に追いついていないことを実感した。
私がエルマガジン社の某氏と行った頃は、まだ桂木さんは働いていなかったそうだ。その頃は料理もイタリアン的なものが出ていたのだが、昨秋から桂木さんやナライアンさんらが入り、バーの内容も料理も一新した。ナライアンさんはネパール人のシェフなので、今では本格的ネパール料理とお酒が愉しめる店になっている。
「ライオンハート」の扉を開けると、まだ早い時間だったので、数名の客がいるだけだった。私はカウンター席に重い尻を置き、早速、ミントジュレップを注文した。桂木さんは、私のリクエストに「メーカーズマーク」で応えてくれるという。「メーカーズマーク」は、ケンタッキー州(米国)の小さな蒸溜所から生まれる唯一無二のハンドメイドバーボン。1954年にサミュエルズ家6代目のビル・サミュエルズ・シニアが蒸溜所の改修工事と設備導入を終え、新たな蒸溜所としてスタートを切ったにも関わらず、機械まかせにせず、できる限り人の手で造り続けるとの意を強く打ち出している。だから機械化が当り前となった今でもハンドメイド精神を貫いているのだ。ボトルネックに赤い封蝋をするというトレードマークが有名で、一本一本蝋に浸けて行っているために"唯一無二"のバーボンだといわれている。桂木さんは、このバーボンを「ライオンハート」のハウスウイスキーとして提供している。なので私のように銘柄指定をしなければ、ミントジュレップもそれを用いて作るのだろう。「メーカーズマークは、すっきりしていて甘みもある、口当たりのいいバーボンですね。ライ麦の代わりに冬小麦を使っているので香りもよく、クセもないからカクテルに使いやすいんです」と話している。
では、その「メーカーズマーク」をベースにミントジュレップをどのように作るかといえば、かくの如きだ。まずグラスにミントを10枚ぐらい入れ、その上から炭酸(10ml)とシロップ(1ティースプーン)を加える。そしてミントを叩くようにバースプーンの背中で潰し、クラッシュアイスをグラスいっぱいになるように入れていく。氷が入ったら全体がなじむようにステアし、「メーカーズマーク」約30mlを注ぐのだ。ウイスキーが入ると、少しクラッシュアイスが溶け、全体的に容量が下がってしまうから、その分だけクラッシュアイスを補充する。最後はミントを叩いて香りを出してからグラスに載せ、カットオレンジを飾る。ここまでは一般的なミントジュレップと作り方が同じような感じだが、ここから少し桂木流が加わる。桂木さんは、クラッシュアイスを手で持ち、グラスの側面に押し付ける。少しして手を離すと、その氷がグラスの取っ手のように見えるのだ。「ホテル時代もやったことがあるんですが、どうしてもスペースが広いと、目が届かないので氷が落ちてしまってもわからないんです。この店だとお客様との距離も近いので、視界に入りやすく、落ちてテーブル上が水びたしなんてこともありませんから...」。このようなクラッシュアイスの飾り付けを「ライオンハート」では、ミントジュレップとモヒートに限り行っているという。「こうして提供すると、皆さんびっくりするんですよ。だからうちではミントジュレップは好評ですよ」。まさに涼しげ、今からの季節にはぴったりの演出である。
ハウスウイスキーに使用しているように桂木さんの「メーカーズマーク」に対しての評価は高い。バーボンはクセがあるからと敬遠する人にでもこれを用いてミントジュレップを作ると、「飲みやすい」と言ってくれるのだとか。「バーボンへのとっかかりには、ぴったりだと思いますよ。このミントジュレップを飲んで苦手意識がなくなれば、次はハイボールでと提供方法を変化させていくんですよ」。桂木さんは当然ながら他のバーボンでもミントジュレップを作っている。力強い味のバーボンならウイスキーの個性が勝ちすぎるので、シロップや炭酸を気持ち多めにして作る。すると、どうしても甘みが勝ってしまうので、自ずとバランスは少し崩れがちに。そんなこともあって「メーカーズマーク」を多用してしまうと話している。
桂木さんは「リーガロイヤルホテル」出身だと言ったが、話していると、ホテル特有の距離感が感じられない。よくホテルから街場へ移った人は、客との距離感の違いに悩むそうだ。「どこまで踏み込んで行ったらいいか、初めはわからない」、そんな言葉をよく耳にする。ところが桂木さんは、もともと街場のバー出身ではないかと思うほど親近感を醸し出している。「得意分野と威張ることができるようなものはまだなく、本当に勉強中なんですよ」と謙虚さも持ち合わせており、飲んでいて、居心地もいい。桂木さんはタイプとしては色んなことに手を突っ込みたい方らしい。だからホテル時代にはフレアやミクソロジーも勉強している。だが、場所が場所だけにその腕を披露することもなく、何となく宝の持ち腐れになってしまったそうだ。もっと自由にやりたいと思い始めてから、ホテルというフィールドが窮屈に感じだし、独立志向へと夢が広がっていったらしい。
そもそも桂木さんは、専門学校から「リーガロイヤルホテル」へ行き、コーヒーショップの「コルベーユ」で一年半ほど勤めていた。専門学校で出会った芝先生から酒の世界の話を聞いたことがあってバーテンダーになりたいと思ってホテルの門戸を叩いたようだ。その思いが叶ってか「コルベーユ」から「メインラウンジ」へ異動し、晴れてバーテンダーとなっている。その後、ホテル最上階の日本料理&バー「星宙」、「セラーバー」と移り、昨年10月に「リーガロイヤルホテル」を辞した。11月からは「ライオンハート」のカウンターに立っているが、いずれは自身の店を持ちたいと考えているそうだ。
「ライオンハート」で仕事上のパートナーとなったナライアンさんとはいいコンビのようだ。桂木さん曰く「ネパール料理に固執せずに色んなジャンルに手を出してくれる料理人だ」そう。そんなところも好奇心旺盛な桂木さんと合っているのかもしれない。「ネパール料理ってカテゴリーがわかりにくいかもしれませんが、要は中国とインドを隣国にしているために両国のいいところを取っているんです。だからタンドリーチキンもありますし、小籠包のような蒸し餃子もあるんですよ」。「ライオンハート」では、後者を「ネパール風蒸し餃子」と名乗っている。「それが好評で...」と言うので、アテに注文することにした。勿論、二杯目は「メーカーズマーク」のハイボールで―。これがこの店の流れには合っていると私は思っている。
Kitchen&Bar Lion Heart(キッチン&バー・ライオンハート)
住所大阪市西区江戸堀1-11-12 日本興亜肥後橋ビル別館1F
TEL06-6441-1112
営業時間11:30~14:00 17:30~翌1:00
定休日日祝日