2014年09月03日
曽我和弘のBAR探訪記 「噂のバーと、気になる一杯」
酒を楽しみたい・・・。そう思ったとき、人はバーという止まり木を探す。そしてバーテンダーと話をしながら酒なる嗜好品を味わっていくのだ。そんな酒の文化を創り出してきたバーも千差万別。名物のカクテルで勝負している店もあれば、バーテンダーの人柄や店の雰囲気で人を集めているところもある。数ある名物バーを探し、今宵はコレを飲んでみたい。
神戸・三宮 Sunshine Bar(サンシャインバー)
三宮の東門筋周辺は、バーが密集している地帯。競争が激しい分、レベルも高いと聞く。そもそも東門筋辺りは、その昔は競馬場であった。欧米から遙か遠くの異国の地へ来た外国人達は、この場所で競馬を楽しんでいたのであろうか。山手幹線から東門筋を通って南へ降りて来ると、心地よいスロープがあることに気づく。何あろう、この道こそが競馬場のコースで、かつてはこの道を馬が走っていたのである。上るにせよ、下るにせよゆるやかに曲がるカーブは、まさにその名残といえよう。
東門筋を上っていき、「月世界」を横目に見て右に曲がる。丁度、東門筋の一本東の筋に目的の「Sunshine Bar(サンシャインバー)」がある。この店は、NBA(日本バーテンダーズ協会)関西統括本部副部長を務める毛利滋さんが営むオーセンティックバーだ。毛利さんは、北野町にあり、神戸の名門バーとも呼ぶべき「YANAGASE(ヤナガセ)」に長年勤めていて2002年に独立した。前職はアパレル関係の仕事をしており、20代前半は客としてバーに通っていたそうだ。老夫婦が営むあるバーに通ううちに毛利青年は「こういう生き方があるのだ」と知り、粋なイメージを老バーテンダーに重ね合わせていたという。会社を辞め、アルバイトをしていた時に偶然「YANAGASE(ヤナガセ)」の募集を知った。毛利さんは「まさにバーが自分を呼んでいるのだ」と思い、バーテンダーの世界へ飛び込んでいる。
毛利さんの話では、自分では意識していないが、自分以上に周りの人が「YANAGASE(ヤナガセ)」出身だという目で見てくれると言う。「聖地とも呼べるバーにいたことは大きい。その経歴を大事にして仕事をしたい」と話している。一般的にバーテンダーは、独立する時に出身店のイメージを持ち込むことが往々にしてある。けれど毛利さんは、「YANAGASE(ヤナガセ)」のイメージを引っ張らずに「Sunshine Bar(サンシャインバー)」を開いている。それは出身店があまりに偉大すぎて引っ張れなかったというのが本音。「お金では作ることができない空気感がある」と言っていた。40年以上の歴史がそれを醸し出しており、毛利さんの言葉を借りれば「バーとしての色気がある」のだそう。
そんな「YANAGASE(ヤナガセ)」で16年も勤めあげた毛利さん自身の店は、扉の雰囲気からイメージできないほど長いカウンターがデンと横たわり、奥にボックス席があるという造りになっている。バーテンダーとしての技術は、NBA(日本バーテンダーズ協会)の要職に就いていることでもわかる。オリジナルの創作もさることながら、スタンダードのカクテルこそ店の違いが出るのだと考え、「とりあえず」の一杯を大事にしている。これは「YANAGASE(ヤナガセ)」のマスターから教わったこと。客は入って来て何を頼もうかと思考する前に「とりあえずジントニックを作って」と言ってスタンダードカクテルを注文することが多い。師匠は、「ジントニックやジンリッキー、ハイボールのように考えずに注文するものをきちんと作らなければダメだ」と毛利さんに教えた。それが美味しくできれば、一見客も不安を覚えないと_。
毛利さんがそんな話をしたからではないだろうが、私は「パラダイス」なるスタンダードカクテルを作ってもらうことにした。用意をするものは、ドライジンの「ビーフィーター」と「ルジェ クレーム ド アプリコット」、「オレンジジュース」の3つである。作り方は「ビーフィーター」30ml、「ルジェ クレーム ド アプリコット」15ml、「オレンジジュース」15mlと、氷をシェイカーに入れてシェイクするのみ。レシピで書くと単純だが、シェイクという技が加わるために複雑な味になる。見た目にオレンジ色したきれいな一杯だが、味わうと意外にもそんなに甘さは感じられない。大人のカクテルとでも表現したいような味である。毛利さんは「美味しいから、飲みやすいからといって侮ってはならない。ジンがけっこう入っているので飲みすぎると違う意味の楽園(酔っぱらう状態)へ行くかも...」といたずらっぽく笑っている。
「パラダイス」は、昔からあるスタンダードのショートカクテルである。やや甘口で、アプリコットとオレンジの相性がよく、辛口のジンを混ぜることで甘さを抑えた味になる。カクテルとは元来、混ぜるの意味である。発案する人は自由に考え、色んなものを合わせながら作っていく。この「パラダイス」も楽園なる意味を持っているが、広まっていく過程で変化していき、理由づけされたのかもしれない。そうなら私は毛利さんがいたずらっぽく笑いながら言った「楽園(酔っぱらう)へ行くかも」の意味に取りたいと思う。「スタンダードカクテルは、きちんとしたレシピが存在しますが、自分ならこうするって分量を変えてもいいと思うんです。そしてその店なりの味になればいいと思いますよ」と毛利さんは話していた。そんな言葉とは反面、「変えないのもプロだ」とも言う。ギムレットやマティーニを客の状態(酔い具合い)を見て作るという人もいるが、わざわざ匙加減を加える必要もないのでは...と毛利さんは指摘している。「カクテルは自由なもの。だが、頑ななものも必要」との言葉はけだし名言である。自分ならこうしていると、貫ける気持ちがなければ一流になれないのかもしれない。そして飲む方もある種の責任を持って飲むべきである。作り手と飲み手のかけ引きがあり、それが面白いのもバーの世界なのだから。なので私はこれを何杯か飲っても決して‟楽園"へは行かないのだ。
カクテルは、まさに作り手の性格が出る飲み物だ。特にシェイカーを使って作るものは、その人の振り方で味が変わる。毛利さんは、シェイカーは密閉しておらず、リキュールなどの酒と、氷の他に空気という素材が入っていると表現している。その空気をいかに味方につけるかで味が左右する。味方になるかどうかは作り手の意識次第なのだそう。あとは温度にも関係があるようで、夏の冷房と冬の暖房では同じ室温でも内容が違う。漂っている空気が乾燥しているかどうかだけでも変わってくるそうで、まさに微妙なもの、そして繊細なものなのだ。
「パラダイス」に用いた酒、特にベースとなる「ビーフィーター」については、バランスのとれたドライジンだと評していた。万能なジンで使いやすく、色んなものにフィットする。世界的な傾向から世の嗜好はライトなものへと移行しつつある。その意味でも「ビーフィーター」は合うのだという。もうひとつの酒「ルジェ クレーム ド アプリコット」は、果実の旨みがうまく表現されたリキュールだとの評。エグみはなく、ほどよい濃さが特徴のようだ。今回は「アプリコット」を使っているが、「カシス」の方も果実の特徴がうまく出ている。「フルーツを使ったとて、ここまでは美味しさが出ないのでは・・・」と毛利さんは話してくれた。
バーでも料理店でも最終的には人で決まると私は思っている。熱心でセンスのいい人に、いいものを与えると、やはり美味しいものができる。「味覚とは信頼感である」、毛利さんが語ったそんな1フレーズが頭について離れない。客も店もその信頼感を得ようと一所懸命にやっているのだ。信頼感は一回だけ行ったのでは築けない。通ってこそ芽生えるのである。だから人は行きつけの店を作るのだ。バーでは酒がアテなのか、会話がアテなのか、わからない。何度も通いながらどちらがアテとして強いのかがわかっていくのだろう。「Sunshine Bar(サンシャインバー)」で毛利さんが空気をうまく味方につけたカクテルを飲み、東門筋へ出て三宮駅の方へ下って行った。「パラダイス」のせいでもあろうが、やはりこのスロープは余所の歓楽街にはない味わいがある、そう思いながら歩いていた。
住所神戸市中央区中山手通1-6-10 ビューラー三宮1F
TEL078-333-0054
営業時間18:00~翌2:00
定休日日曜日、日・月が連休の場合月曜休業