2014年12月19日
曽我和弘のBAR探訪記 「噂のバーと、気になる一杯」
酒を楽しみたい・・・。そう思ったとき、人はバーという止まり木を探す。そしてバーテンダーと話をしながら酒なる嗜好品を味わっていくのだ。そんな酒の文化を創り出してきたバーも千差万別。名物のカクテルで勝負している店もあれば、バーテンダーの人柄や店の雰囲気で人を集めているところもある。数ある名物バーを探し、今宵はコレを飲んでみたい。
神戸・三宮 BAR SLOPPY JOE(バー・スロッピー・ジョー)
全国から集まった精鋭のバーテンダーが、その技を競うサントリー ザ・カクテル アワード。2014年は10月31日に「セルリアンタワー東急ホテル」で最終選考が行われた。今回は「バー・パルムドール」の駒井優三さん(リキュール部門最優秀賞受賞者)が見事、その栄冠「カクテル アワード 2014」を手にしたわけだが、私の地元である神戸のバーテンダーも最終選考会まで残っていたのである。そのバーテンダーとは、三宮にある「BAR SLOPPY JOE(バー・スロッピー・ジョー)」の石本匡史さん。バーテンダー歴がまだ2年という若手だ。くしくも私は、石本さんが2014 サントリー ザ・カクテル アワードの最終選考会に行く前に出品作を飲んでいる。今回は、決戦を前にして少し緊張感を保ちながら「ラ・シェール~大切~」を作ってくれた石本さんの話をしたい。
石本さんが勤めている「スロッピー・ジョー」は、信原邦彦さんが経営するオーセンティックバーである。信原さんは、福冨淳也さんが営む「パパ・ヘミングウェイ」の出身。8年前に独立して「ホテルモントレ」の裏辺りにバーを開いた。オープンして8年ということで神戸ではまだ新しい部類に入る店だが、入った感じはどこか昭和チック。信原さんがわざとその手の造りを好んだらしく、そのせいもあって落ち着いて飲めると上々の評判である。実は私も知人を通じて知っており、何度かお邪魔したことがあった。神戸のバーをよく知る某氏からの情報では、「スロッピー・ジョー」に勤めている石本さんがサントリー ザ・カクテル アワードの最終選考会に残っているとのこと。激励も兼ねて(本当は最終選考会に行くまでに飲んでみたかったのだが...)「スロッピー・ジョー」を訪ねた次第である。
石本さんは、熊本の出身で地元の高校を卒業し、いったん会社勤めを経験した。だが、バーテンダーになりたいという思いが強く、姉を頼って神戸に来て「スロッピー・ジョー」の門を叩いている。本来なら夢をつかむために上京するところだろうが、ありきたりな道への進み方が好きではないらしく、お姉さんが嫁いだ神戸の街へやって来てバーテンダーになるべき道を探った。「初めて神戸へ来て、街の醸し出す雰囲気に憧れを抱きました。暮らしてみると、住みやすいし、何しろ街がオシャレだし、山も海もあっていい所だと思ったんです」と印象を語っている。そこで何軒もバーを巡り、その中で最も気に入った「スロッピー・ジョー」へ押し掛け女房の如く、電話を入れて雇ってもらったそうである。平成生まれの石本さんにとっては、神戸らしさが漂う落ち着いた雰囲気の店内が格好よく映り、信原さんの作る一杯に惚れた形で弟子入りを決めている。師匠の信原さんは、あまりうるさく指導してくる人ではないが、そのポイントごとの行為が的確で、石本さんはそんな師匠の立ち振る舞いを見て盗むようにしながら技を修得していったようである。「バーテンダーという仕事が好きなので苦にはなりません。ただ師匠からは、お客様に対して細かな配慮を怠るなと言われてきました。バーテンダーは最高のサービス業だと思うんです。だからいつもいいサービスができるようにと考えながら仕事をしています」と話している。技術についても当初はシェイカーを振るだけと侮っていた嫌いもあったらしいが、そうではなく、ちょっとしたことで味が変わってしまうことが身を以てわかってきたそうだ。なので今では繊細なものを扱うが如く作っている。ただカクテルが一番ではなく、顧客は時間と雰囲気にもお金を払うのだということを深く理解しており、そのために色んな知識をつけるように心がけていると言う。だから「ラ・シェール(「大切な」の意)」と題したカクテルを創作したのだろう。このカクテル名にも、石本さんのもてなしの心が窺えるようだ。
ところで肝心のカクテル「ラ・シェール」のことだが、私が最終選考会(10月31日セルリアンタワー東急ホテル)に向かう前にぜひ飲ませてほしいと言ったものだから、予行演習でもないだろうが快く承諾してくれてそれを作ってくれた。2014 サントリー ザ・カクテル アワードは3部門から成るが、石本さんはそのうちから「リキュール部門(ルジェ全15種)」を選択して応募している。「ルジェ」は使い易いリキュールだし、クセもない。それに女性イメージの一杯を作ろうとした時に心地よい甘さや色など考えやすい要素を持っていた。石本さんは、「ルジェ ピンクグレープフルーツ」が新たにラインナップされたので、それを使っても面白いかなと思ったそうだ。
「ラ・シェール」を作るには、まず「ルジェ ピンクグレープフルーツ」、「プルシア」(プラムリキュール)、「ルジェ クレーム ド ストロベリー」、「モーツァルト」(ホワイトチョコレートのリキュール)の4つのリキュールと、牛乳が必要。シェイカーに「ルジェ ピンクグレープフルーツ」20ml、「プルシア」15ml、「ルジェ クレーム ド ストロベリー」10ml、「モーツァルト」5ml、牛乳10mlと氷を入れ、シェイクする。それをグラスに注ぐのだ。ピンクグレープフルーツとプラム、それにストロベリーのリキュールが構成の大半を占めているからだろうか、ピンク色がきれいな仕上がりになっている。4つのリキュールが入っているからかなり甘いのかと思っていたらそれほどでもなく、甘さはあるが、甘ったるくはない味であった。石本さんは女性を意識して作ったらしく、アルコールも思ったほど強くはなかった。
「日本人はどうしても口ベタで、大切な人に感謝の気持ちを伝えずにいます。そんな時、これを注文して相手に飲ませてあげる。そして自分の気持ちを伝えるのもいいのではないでしょうか」。勿論、男性から女性へ捧げるのがこのカクテルには合っているのだろうが、その逆でもおかしくはない。男性が飲んでも嫌な甘さではないために、双方向から思いを表す意味で注文するのも悪くはない。むしろ日頃言えない言葉に「スロッピー・ジョー」の雰囲気が加味されれば、意外とすんなりと発せられるかもしれない。そんなことを考えながら仏語で‟大切な"を意味する「ラ・シェール」とネーミングしている。
石本さんは応募する作品を創作する際、恋に効く香りがあり、男性もそれを魅力的に思うのではと考え、「ルジェ ピンクグレープフルーツ」を基本素材に据えている。同酒は欧州産のピンクグレープフルーツ果汁を使用しており、瑞々しい果実感とまろやかな甘さを実現したものとして評価が高い。石本さんの評では、「これを使うと可愛らしさが表現できそうで、色・甘さともにいい。アルコールもさほど強くないために女性には喜ばれそう」とのことだった。それに"甘い乙女心"との花言葉を持つ苺のリキュールを合わせ、プラムのリキュールでリラックス効果や癒しを表現したかったそうだ。牛乳はコクをつけるために使用し、バレンタインデーやホワイトデーにも使えそうなので「モーツァルト」を加えている。リキュールが多く、甘くなりがちなものを抑えているのが「プルシア」の役目。これがあることによってさっぱり感が出て嫌な甘さではなくなっている。但し、その分量がポイントで、入れる量を間違えると甘さが残ってしまうとのことだった。
石本さんは試行錯誤しながらこのレシピに行きついている。初めはウイスキーと合わせたりしたが納得がいかず、イメージを膨らませていくことでこのラインナップになったと語っていた。信原さんの「分量を変えてみたら」のアドバイスもあって今のレシピが出来上がっている。考えに考えた末に作品化したからこそ、最終選考まで駒を進めることができたのかもしれない。
残念ながら「ラ・シェール」は「カクテル アワード 2014」を逃したが、石本さんはまだ2年のキャリア。それで最終選考まで駒を進めたことをむしろ称えたい。冬になると、クリスマスや正月、バレンタインデーと、イベントごとはいっぱいある。告白したくても言えずにいる弱気な心にこの酒がちょっぴり効けばいいと思いながら飲んでみた。恋に白・黒つけろと言うけれど、このピンク色の一杯には、言えない言葉を発せられそうな勇気が詰まっている。そう考えながら、私にとっての大切な人の顔をふと思い出してみた。
住所神戸市中央区下山手通2-16-2 サンビル2F-1
TEL078-391-7810
営業時間17:30~翌2:00
定休日不定休