2015年03月09日
曽我和弘のBAR探訪記 「噂のバーと、気になる一杯」
酒を楽しみたい・・・。そう思ったとき、人はバーという止まり木を探す。そしてバーテンダーと話をしながら酒なる嗜好品を味わっていくのだ。そんな酒の文化を創り出してきたバーも千差万別。名物のカクテルで勝負している店もあれば、バーテンダーの人柄や店の雰囲気で人を集めているところもある。数ある名物バーを探し、今宵はコレを飲んでみたい。
大阪・梅田 ANDRE(アンドレ)D.D.HOUSE店
久しぶりに「ANDRE(アンドレ)」を覗こうと思った。「アンドレ」は28年の歴史を持つ、梅田では名の知れたバーである。古顔だからといって肩肘張るような店ではなく、バー初心者でも気軽に入ることができる雰囲気を持っている。特にD.D.HOUSEにある方(曽根崎にも「アンドレ」がある)は、カウンターの中に所狭しと置かれているボトルや、数多く吊り下げられているボトルを見ると、なぜか私はバーらしい絵柄(風景)に見えてしまい、落ち着くのだ。このバーを取り仕切る板倉賢光さんは、「アンドレ」のカウンターに立つようになってすでに15年になる。調理師専門学校の時代にアルバイトしていたホテルのバーで酒の世界の奥深さを知り、バーテンダーを志願したという経歴を持つ。「調理師学校で初めからバーテンダーを目指したのは私だけでした」と言うが、昔取った杵柄だろう、酒のアテも自身で考え、作るという二刀流のバーテンダーなのだ。この日も行くなり、「バーボンフレーバーのキャラメルを作ったんですよ」と話してきた。酒もさることながら、まずはアテから注文しておくとする。なぜなら板倉さんは気が向いた時に面白いアテを作る傾向があるから、なくなってしまう前に希少なアテの確保をしておくに限るのだ。
「アンドレD.D.HOUSE店」は、梅田から阪急沿いに中津へ行く途中のD.D.HOUSEなる施設の2階にある。この商業施設はキタで遊ぶ人なら誰でも知っているところ。かなり前からあるが、その建物の中でも「アンドレ」は最も古い店となってしまった。「やはり中津界隈のビジネスマンの利用が多いですね。彼らにとってはなじみのバーになっているので『今から○○を食べてから行く』と予約めいた連絡が来るんですよ」と板倉さんは言うが、それくらい行きやすい店になってしまった証しだろう。板倉さんは、その料理の後に飲むのには何がいいかと思いつつ、常連の到着を待つそうだ。「アンドレ」は場所柄、待ち合わせの場所としても利用される。そして先のビジネスマンのように食事後のバーとして、また飲む、食べるの両方を楽しむ店としてと利用できる便利なバーなのだ。
私は窓側に位置するカウンター席にどっかと座り、昨今じわじわとトレンドの兆しを見せているクラフトバーボンを注文しようとしている。クラフトバーボンとは、原料から製法に至るまで、つくり手がこだわり抜いて生み出した高品質なバーボンのことを指す。これらは生産単位が少ないことから、かつてはスモールバッチという呼び名が一般的であったが、クラフトビール人気の波に続き、今はクラフトバーボンとして浸透してきている。「昨年の12月に発売したものがあるんですが...」と板倉さんは私に「ノブクリーク シングルバレルリザーブ」を出してくれた。板倉さん曰く「クラフトバーボンを好む人は、中でもこの『ノブクリーク』や『ブッカーズ』を注文する場合がよくあるんですよ」とのこと。その中でも「ブッカーズ」ファンは、必ずそれしか飲まないという。「ブッカーズ」はアルコール度数も高く、パンチがある。そこを求めたがる人は「ブッカーズ」で止まってしまい、それしか飲まなくなるというのが一般論である。板倉さんはそんな人にあえて「ノブクリーク シングルバレルリザーブ」を薦めている。
「ノブクリーク」は、低温と高温で二度焼きしたオーク樽で9年間熟成したクラフトバーボン。フルーティーでリッチなコクのある味が特徴だ。100プルーフ(50%)の深遠な力強さを見せる「ノブクリーク」に対して、この新製品は120プルーフ(60%)とさらにアルコール度数が高く、9年熟成原酒由来のバニラ香とキャラメルを思わせる甘い香りを有している。流石に力強いバーボンの復刻をコンセプトに持つだけに、古き良きバーボンといった趣がある。板倉さんはどうしてもアルコールの強さが先行しがちな「ブッカーズ」よりもこちらの方が好きらしく、「味・バランス・香りが秀逸です」と評している。
そうまで説明されれば、「ノブクリーク シングルバレル リザーブ」を注文せぬ手はない。私の前に立っていたバーテンダー・永濱絵理菜さんにそれを頼み、ロックで出してもらうことにした。永濱さんは「アンドレD.D.HOUSE店」に来て2年目という若き女性バーテンダーである。大学生の時にアルバイトしていたバーのマスターから酒の色々な知識を教わり、いてもたってもいられなくなってバーテンダーを目指したという骨太な(強い主義を持つ)女性だ。その真面目さはバーテンダーになってからも変わらず、ついにはウイスキーエキスパートまで取得してしまった。できることなら佐々木太一さん(サントリー)のようにマスター・オブ・ウイスキーまで登り詰めたいと熱く語るほど。そんな永濱さんが作ってくれたからではないが、私の前に出された「ノブクリーク シングルバレル リザーブ」のロックは、いつもの「ノブクリーク」より力強く、リッチな香味がある。しかもアルコール度数が強いだけのバーボンではなく、力強さの中に甘さが宿っているように感じる。
板倉さんは「シングルバレル リザーブ」の嗜好が強いが、永濱さんは女性だけに「スタンダード」の方を好むと話していた。永濱さんによれば、「スタンダードの方が口当たりがよく、流し込んだ時に香りが残るのが印象的」なのだそう。それにアルコールが50度なので、舌がその度数に負けてピリピリするのがないところがいいのだとか。「ノブクリークは50度もあるんですが、甘みがしっかりと伝わり、飲みやすいので女性向きかもしれませんね。120プルーフと聞くと、流石に強いと思ってしまい、飲むのをやめるのかも...。でも濃厚で力強さの中にキャラメルのような味わいがあるので、度数を聞かずに飲むといけると思うんでしょうがね」と板倉さんが話を加える。
そういえば、日本のバーボンウイスキーの世界で先駆者的役割を果たしたバー「十年」のマスター・工藤日出男さんは、日本人はあらかじめ数字を頭に入れすぎる嫌いがあると指摘していた。情報を入れてから飲むから自然と強いと思ってしまうのだと。板倉さんも工藤さんと同意見である。120プルーフを何のことかわからず飲んでしまえば、甘みもあり、味や香りもしっかりしているこのクラフトバーボンが楽しめると語っている。
板倉さんは一昨年渡米し、蒸溜所などを見学し、バーボンづくりに肌で触れてきた。本場で色んな酒を嗜み思ったことは、日本に入って来るバーボンは飲みやすいものが多いということ。「それが世界的な嗜好だからおかしくはないのですが、本場には力強い酒が沢山ありましたよ」。日本とアメリカで嗜好の違いを感じ取りながらも、より強く思ったのがフレーバーの多さであった。「ハニーやメープルなど色んなフレーバーを持つバーボンがあったんです。中でもチェリーが美味しくて、日本にはまだそれがなかったので自店で『メーカーズマーク』に合わせて出しているんですよ」と話していた。それが「メーカーズマークインフュージョン」で、「メーカーズマーク」に3~4カ月間チェリーを漬け込んだものだ。初めはバーボンの味が強いのだが、3カ月たつと一気にチェリーの甘みが出て芳醇な味になるという。「砂糖は一切入っておらず、チェリーの甘みが出て女性好みなんです。男性にとってもとっつきにくさがないからか、注文する人が多いですね」。永濱さんは、マンハッタンを作った時に、これを上から少しだけかけて風味を良くするのだそう。ならば、二杯目は「メーカーズマークインフュージョン」にすべきか...。そう思って次の酒を考えていると、なんだか目の前の「ノブクリーク」に悪いような気がしてきた。日本人は情報を入れすぎる嫌いがある(?!)、そう語った工藤さんの言葉が蘇ってきた。まずは「ノブクリーク」のクラシカルな味を称えるべき。120プルーフの力強さにキャラメルのような味わいを宿す銘酒を、ゆっくりゆっくり噛みしめるように味わうことにしよう。
SHOT BAR ANDRE(アンドレ)D.D.HOUSE店
住所大阪市北区芝田1-8-1 北野阪急ビル(D.D.HOUSE)2F
TEL06-6376-3182
営業時間17:00~翌3:00
定休日無休