2015年04月14日
曽我和弘のBAR探訪記 「噂のバーと、気になる一杯」
酒を楽しみたい・・・。そう思ったとき、人はバーという止まり木を探す。そしてバーテンダーと話をしながら酒なる嗜好品を味わっていくのだ。そんな酒の文化を創り出してきたバーも千差万別。名物のカクテルで勝負している店もあれば、バーテンダーの人柄や店の雰囲気で人を集めているところもある。数ある名物バーを探し、今宵はコレを飲んでみたい。
神戸・三宮 Bar SAVOY hommage(バー・サヴォイ・オマージュ)
店にはDNAの継承がある。いい師匠からはいい弟子が育ち、やがてその血を受け継ぐかのように名店になっていく。神戸においては、小林省三さんのバー「サヴォイ」がそれにあたる。大阪万博の時に世界カクテルコンテストで世界一になった小林さんは、長年神戸で「サヴォイ」を営んでいたが、年齢的な理由もあって2007年に引退し、店を閉じた。しかし、彼の弟子で片腕的存在でもあった木村義久さんは三宮で「サヴォイ北野坂店」を営んでいるし、日名祥泰さんは肥後橋(大阪)で「バー・サヴォイ大阪」を、そして森崎和哉さんは花隈で「バー・サヴォイ・オマージュ」をと、それぞれ暖簾分けのような形でその名(サヴォイ)を残している。私の知人の話では、小林さんの「サヴォイ」の雰囲気を最も
阪急花隈駅を出ると、すぐに石垣が目につく。ここは駐車場も兼ねた花隈公園だ。同所には花隈城跡の石碑がある。花隈城とは昨年のNHK大河ドラマにも出てきた荒木村重の支城で、織田信長に攻められた村重は有岡城(伊丹)を捨てて、この城に逃げ込み、最後の砦とした。攻めた信長配下の池田恒興は後に兵庫城を造った。そのため、主を失った花隈城は廃城となっている。現在は模擬石垣が造られ、公園として使用されている。そして花隈といえば忘れてはならないのは、この地が花街だったこと。神戸港発展に伴ってこの辺りには料亭が建ち並び、かつては芸妓置屋もあったほどで、それはそれは賑やかな場所だったらしい。この神戸随一の花街も三宮や元町が繁華になるにつれ影を潜め、有名な料亭も一軒また一軒と消えて行った。今ではマンションが乱立し、住宅街的な要素が強くなった花隈に「サヴォイ・オマージュ」はあえて店を構えている。
花隈公園を左手に見て坂を上がって行くと、「サヴォイ・オマージュ」が道の東側に見えて来る。16時から開いているという、神戸では早がけのバーで、入店すると落ち着いた雰囲気が漂っている。見た感じ、早くから来て長居してしまいそうな空気を醸し出しているのだ。森崎さんがこの店を開いたのは2007年の10月2日。厳密にいうと、「サヴォイ北野坂」で働いていた時にこのハンター坂の物件を知り、半年かけて内装を造って「モルヴァン」なるバーをオープンさせていたのだが、それを閉めてまで「サヴォイ・オマージュ」を造ったことになる。貸店舗の看板が出ていた元会員制サロンの持つ空気を感じ取り、これなら昔の「サヴォイ」が表現できるのではと思ったそうだ。この店がかつての「サヴォイ」と重なるかどうかはわからないが、神戸出身の私は、神戸らしい店であることには違いないと思った。昔はこの手の雰囲気を持つ店舗がよくあり、そんな内装の中に身を置いて静かに一杯飲ったものである。私は森崎さんの話を聞くまでもなく、入った瞬間、知人が発した「昔の『サヴォイ』のムードを留めている」との言葉がすぐに理解できた。
私はこの神戸らしいバーに
傾いた陽を背にして「ブッカーズ」をゆっくり飲り、森崎さん自身の話を聞いた。森崎さんは、体育大の出身。大学3年の折りにアルバイト先の人に初めてバーへ連れて行かれ、「こんなに静かに酒を飲む場所があるのか」と、その雰囲気に飲まれた。バーテンダーになりたいと思い、卒業式の前に「テンダー」(銀座)の上田和男さんに手紙を送ると、「東京に出るだけがその道ではない。関西にも凄い人がいるから紹介してあげます」との返事が来た。その中のひとりが小林省三さんだった。小林さんの営む「サヴォイ」は成田一徹さんの本「to the Bar」で知ってはいたので、すぐさま入門を志願すると、「うちはお金を払えないよ」と見事に断られてしまった。小林さんに「オーガスタ」の品野清光さんを紹介され、会いに行ってみると、品野さんは「一回ぐらい断られたくらいで諦めていたらダメだよ」と逆に背中を押してくれた。そこで再度、小林さんに弟子入りを申し出ると、「そうまで言うのなら」とOKを出してくれたのだ。
森崎さんは「サヴォイ」で修業を積んだ後、本場の酒造りと洋酒文化に触れるために店を辞し、バックパッカーとしてヨーロッパへ旅に出た。その時記した日記が店にある。少し見せてもらったが、行った所や思ったことなどが克明に書かれており、3カ月歩いた足跡がほぼ一冊に詰まっていた。「本やネットを見れば、酒の説明はできます。でも、そこにある空気感を読むことはできません。造り手に直接話を聞き、見知ったことは、バーテンダーをやっていく上でかなりの財産になりました」と森崎さんは振り返る。
ところで私の前にある「ブッカーズ」は、ほぼなくなりかけている。次に「ノブ クリーク」をと思ったが、アルコール度数の強い「ブッカーズ」を飲んだ後に100プルーフの「ノブ クリーク」を飲むのもなんだか順序が逆ではないかと思えてきた。すると、森崎さんは「『ノブ クリーク』でカクテルを作りましょうか」と言ってくれた。「じゃあ、それで」と注文すると、どうやら森崎さんは即興でカクテルを考えようとしているようだった。
私の前に置かれたボトルは、100プルーフの「ノブ クリーク」とテキーラの「サウザ ゴールド」、コーヒーリキュールの「カルーア」の三つ。まずミキシンググラスに氷を入れ、グラス自体を冷やして水を切る。次に「ビターズ」を2ダッシュ、「サウザ ゴールド」10ml、「カルーア」20mlと順に入れ、「ノブ クリーク」を40ml注いでロングステアする。森崎さんによれば、シェイクすると濁るので、透明感を出すためにあえてステアしたのだそう。水分量を取り込むことで美味しくなると考えてロングステアした後はレモンピールを。これで「ノブ クリーク」を使った即興カクテルが出来上がる。コーヒーリキュールの味が利いているが、やはりバーボンが多めなので他のリキュールに負けてはいない。副材料とも十分マッチし、しかもバーボンの華やかさを保っている。
「甘さはあるが、男性的なカクテルですね」と言うと、森崎さんは「『カルーア』だけだと甘ったるくなるので、『サウザ』を入れて軽く底上げし、切れを持たせる意味で『ビターズ』を加えたんですよ」と説明してくれた。レモンピールをすることで導入部はキリッとした感じにし、軽い印象を抱かせる。しかし、ベースは「ノブ クリーク」なので決して軽くはない。そして「ノブ クリーク」の男っぽさを「サウザ」が引き立てている。テキーラがあえて脇役に回ることで「ノブ クリーク」の強さを保たせるのだ。「華やかな『ブッカーズ』に対し、『ノブ クリーク』は、したたかなイメージ。前には決して出ないが、内なるものを秘めているという感じの、バーボンらしいバーボンなんです。カクテルに使用し、延ばしても大丈夫なので、私はたまに『ノブ クリーク』を使うんですよ」。
私の前にある一杯は、男性が食後にかっこよく飲りたい時に活用できそうな感じだ。「ところでこのカクテルの名前は?」と森崎さんに尋ねると、「う~ん」と少し考えたあげくにケラケラと笑いながら、「『ノブ クリーク』が造られる蒸溜所はリンカーンの故郷でもある。だから『カクテル・オブ・ザ・マン、バイ・ザ・マン、フォア・ザ・マン』っていうのはどうでしょうか?」と言う。リンカーンの名言のひとつである‟人民の、人民による、人民のための政治"にかけたタイトルであろう。それを聞いて思わず私は「長い!」と突っ込んでしまった。
Bar SAVOY hommage(バー・サヴォイ・オマージュ)
住所神戸市中央区下山手通5-8-14 1F
TEL078-341-1208
営業時間16:00~24:00(23:30LO)
定休日日曜日