2015年09月18日
曽我和弘のBAR探訪記 「噂のバーと、気になる一杯」
酒を楽しみたい・・・。そう思ったとき、人はバーという止まり木を探す。そしてバーテンダーと話をしながら酒なる嗜好品を味わっていくのだ。そんな酒の文化を創り出してきたバーも千差万別。名物のカクテルで勝負している店もあれば、バーテンダーの人柄や店の雰囲気で人を集めているところもある。数ある名物バーを探し、今宵はコレを飲んでみたい。
大阪府・守口 Dining&Bar Sizzling(シズリング)
今日は守口で一杯飲ろうかと思っている。守口という町は、大阪のベッドタウンでもあり、企業も集まっている。そのため駅前には店も多い。私が目指すべき「ホテル・アゴーラ大阪守口」は、京阪守口市駅のすぐそば。我が事務所からなら、電車に乗るとはいえ10分程度で行けるのだ。京阪守口市駅に直結している同ホテルは、街に根差したシティホテル。クラシック&スタイリッシュをデザインコンセプトに掲げ、ブラウンを色調に重厚感溢れる雰囲気を醸し出している。この場所に「ホテル・アゴーラ大阪守口」がオープンしたのは三年ほど前。以前は守口プリンスホテルがあり、それが守口ロイヤルパインズホテルを経てアゴーラを冠したホテルへとリブランドした。そのためできて三年といっても守口ではなじみのあるホテルなのだ。
同ホテルの中で最上階に位置する「Sizzling(シズリング)」は、カリフォルニアキュイジーヌのレストランと、鉄板焼き、ラウンジ、バーを兼ね備えた施設。レストランで食事を摂った後にラウンジでゆっくりし、バーで一杯飲るといった使い方ができる。「コーナーごとに雰囲気を分けてあるため、単体での使い方もできますし、一軒で食べる・飲むを済ませることも可能。特にバーやラウンジは窓部分を広く取ってあるので、夜景をアテにお酒を楽しむ人もいます」とは、広報・企画担当の一色薫さんの弁である。その証拠に伊丹空港へ向かう最終便ラッシュの20時ぐらいが常連には人気だとか。「南向きの窓からは飛行機の光が見えてきれいなんです。生駒山から伊丹方面へ向けて沢山の便が飛び交うので、そのラッシュアワーの凄さに驚くほどですよ」と料飲部アシスタントマネージャーの八島隆弘さんも話しているほどだ。
今日は流石にオープン時間に近く、しかも夏の夕方とロマンチックには程遠いが、最終便のラッシュを想像することにしてカウンター席に腰を落ち着け、早がけの一杯を楽しむことにした。
バーテンダーの八島隆弘さんは、ここのカウンターに立つようになって15年以上になる。大学を卒業して飲食店関係の会社に就職したものの、そこで少し体験したバーテンダーなる仕事が面白くて、1999年に守口プリンスホテルに入社している。ホテルに入ったとはいえ、バーでシェイカーを振るには運もあり、巡りあわせもある。その偶然の産物が重なり合って念願のバーテンダーになれたのだという。八島さんの師匠は、鹿田めぐみさん。年齢もそれほど変わらない女性だったが、配属当時、直属の先輩でバーテンダーの技術や接客法を色々と教えてもらったそうだ。「昔は女性バーテンダーが少なく、鹿田さんはその先駆けたる人でした。賞も獲っており、大阪では有名なバーテンダーだったんです。流石に女性らしく所作がきれいで繊細。グラスの拭き方からさばき方、ボトルの持ち方まで、いわば基本の『き』から教えてもらったんです」と振り返る。そんな八島さんも守口ですでに15年以上。気がつけば『今日、八島さんいてるの?』と言いながら通う客が付くほどになっている。
バーカウンターに立つ八島さんがカクテル好きの私に出してくれたのは「リフレクション」。夏をイメージさせるオリジナルのロングカクテルだ。このいかにも爽快感漂う一杯は、まずコリンズグラスに氷を入れることから始まる。続けて「ビーフィーター」を45ml、「ザ・ブルー」を15ml入れ、フレッシュグレープフルーツジュースをフルアップまで注ぐ。そこにシロップ10mlを加え、フレッシュライムを搾ると出来上がりだ。
このカクテルが考案されたのは、今年の5月ぐらい。そろそろ暑くなるのを見越してマネージャーの赤井さんと八島さんが考えたものだ。二人は季節感、さっぱりしたもの、飲みやすいものという三つのキーワードを頭に浮かべながらベースの酒と副材料を組み合わせて行き、「リフレクション」を誕生させた。ドライジンをベースに定め、グレープフルーツジュースで爽快感を持たせようと考えた。そこに夏っぽさを出すためにブルーキュラソーを加えたのだ。「この季節になると、どうしてもさっぱりしたものを作ってとか、すっきりしたカクテルがないかといった声が多く聞かれます。モヒートでもいいのでしょうが、何かオリジナル性があるもののほうが...と思って創作したんです」と八島さんは言う。
八島さんによれば、「ビーフィーター」は、とがっていないから使いやすいらしく、副材料とも融合しやすいジンだそう。アルコール度数47%のものもあるが、使いやすさからスタンダードな40%のものを多用しているのだと話す。「他にも色んなジンがあるんですが、それらだとどうしてもベースが勝ちすぎて他の材料が溶け込みにくいように思えるんです。私はこのベースに色と旨みを付け足したかったので、『ザ・ブルー』を用い、夏らしさを演出しました。そこにライムジュースの爽やかさが加われば、夏のカクテルが完成すると思ったんです」。シロップを足したのは、甘みがないとさっぱりしすぎると思ったから。八島さん曰く「ソルティドッグをイメージした」ようで、さっぱりした中にもほのかな甘みが漂う設計になっている。「我々ホテルのバーテンダーは、万人受けするものを提供しなければならないんですよ。十人が十人とも‟夏らしい"と思ってもらうには色といい、酸味、甘みといい、うまく融合させて美味なるカクテルを目指さねばなりません。今夏のオススメが、この『リフレクション』、お口に合いますかね」と控え気味に尋ねてくれた。
私は、八島さんがボトルを並べた時から美味しそうな予感がしていた。それがストレートに伝わって来たから、納得できる味わいなのだろうと思った。そういう点でもホテルのバーテンダーが万人受けするものを作るということがわかる。ほてった身体によほど「リフレクション」が合ったのだろう、あっという間にグラスが空になってしまった。ライムを搾ってシロップ部分を隠していたからかもしれないが、程よい甘みと酸味で爽快感が身体にゆっくりゆっくりなじんでいったのがわかる。
一杯目の「リフレクション」を早めに楽しんでしまったためにまだ外は明るい。これでは最終便のラッシュアワーどころか、夜の帳(とばり)が下りるまで時間を持て余してしまいそうだ。そう考えていた私に八島さんが提案してくれたのは、ショートカクテルの「セントアンドリュース」だった。このカクテルはすでにおなじみのもので、ゴルフ発祥の地、スコットランドのコース「セントアンドリュース」がその名の由来となっている。スタンダード中のスタンダードと呼ぶべきもので、スコットランド発祥だけにスコッチウイスキーがベースとして使われている。八島さんは、この有名なカクテルのベースに、これまたスタンダードな「バランタイン12年」を使うという。「他のウイスキーで作る人もいますが、私は『バランタイン12年』がいいと思っているんです。これまた『ビーフィーター』と同じで、副材料とケンカすることなく仕上がるからです。40種をブレンドして造る『バランタイン』は、実にバランスがいいウイスキーで、カクテルのベースに向くんですよ」。
そういいながら八島さんは、シェイカーに「バランタイン12年」(45ml)、「ドランブイ」(15ml)、フレッシュオレンジジュース(15ml)と氷を入れて振り始めた。何回かシェイクしてグラスに注がれたのは、目にも鮮やかなオレンジ色のカクテル。八島さんは、「山崎」で作ったり、お客さんのキープボトルでも作るらしいが、やはり彼が言ったように「バランタイン」は、クラシカルなカクテルによく合う。オレンジの甘みを有す中にもウイスキーの香りや味わいがうまく伝わってくる。「ドランブイ」は、モルトウイスキーをベースに造るリキュールで、やはりウイスキーベースのものには適合する。そのままロックで飲る人もいるが、ウイスキーと合わせるとその中にあったコクや香りをうまく引き出してくれるのだ。
このクラシックカクテルを少しずつ喉に流し、「Sizzling」自体の話を聞いていた。このバーには300本ものキープボトルが置いてあるそう。八島さんは顧客の顔を見ただけでボトルがわかるようで、言われる前に目の前にそれを置く。京阪沿線は大阪のベッドタウンらしく、多くの住民が住んでいる。その彼らが今宵いい気分で帰ろうと、食事した後に「Sizzling」のバーに訪れるのだという。周辺企業に勤める人か、京阪沿線に住む人かはわからないが、暮れ始めると、ひとり、ふたりと席についている。こうして守口の夜は、徐々にバータイムを迎えるのだろう。そう思いながら窓をふと見た。飛行機の光がひとつ、ふたつ...。時計を見ると、最終便ラッシュにはまだまだ時間がある。そう思って八島さんを見ると、「何か作りましょうか」という感じで微笑みかけている。言葉には表さなくてもそれがわかる。これが年輪のなせる技か_。そこで私も「次は何を飲もうか」と考え、八島さんにその雰囲気だけを返した。
ホテル・アゴーラ大阪守口 Dining&Bar Sizzling(シズリング)
住所大阪府守口市河原町10-5
TEL06-6994-1111
営業時間月~金 18:00~24:00(バータイム)/土 17:00~24:00/日・祝 17:00~23:30
定休日無休