2016年04月28日
2016年3月29日、ハイランド生まれのスモーキーモルト『アードモア レガシー』が日本でリリースされた。これを機に、ビームサントリー社は「カネマラ」「ボウモア」「ラフロイグ」というスモーキーモルトに「アードモア」を加えた4つのラインナップを〝スモーキー4〟と命名。急進するスモーキーモルト市場をさらに活性化させる方針を明らかにした。
今回の『アードモア レガシー』発表に合わせて来日したのは、ビームサントリー社のグローバルアンバサダーを務めるジョン・キャッシュマン氏。30名いるグローバルアンバサダーのトップに立ち、製品開発やマーケティングにも携わっている人物だ。今回2度目の来日となるジョン氏によって、東京・日本橋でスモーキーセミナーが開催された。
今回のスモーキーセミナーについて、ジョン氏は「今日、皆様に感じていただきたいのは、ある種の旅行です」と宣言。続けて「4つの異なった種類のウイスキーを試すことによって、スモーキーさの中にどのようなテイスティングのプロファイルがあるのかというのを知っていただきたい。その土地でしか生まれない個性を、ひとつひとつ旅をするように確かめることで、違いを感じていただければと思います」と趣旨を説明した。
スモーキーモルトを解説していくにあたって、最初に説明されたのは「スモーキーさというのは、ウイスキーの原点ともいえる」というポイント。アイルランドでウイスキーが作られるようになった頃、唯一の熱源は〝ピート〟だった。当時は、ピートを焚いて大麦を燻し、ピートを燃やすことで蒸溜が行われたため、当然できあがったウイスキーにはスモーキーさが付随した。ジョン氏曰く、その姿こそがウイスキーの原点だといわれているのだという。
しかし、19世紀になって産業革命が起こると、熱源は石炭に取って代わられることになった。その波はウイスキー業界にまで波及し、ほとんどの蒸溜所ではピートが使われなくなったという。その結果、ウイスキーからはスモーキーさが失われていったのだ。
日本人にはあまり馴染みがないが、ピートとは、枯れた植物が炭化したものを指す。枯れた植物が何千年もかけて堆積し、圧縮されることで生成されたもので、アイルランドでは国土の約6分の1がピート層で覆われているという。ウイスキーの原料となる大麦を乾燥させる際に、これを焚くかどうかでスモーキーフレイバーの有無が変わるが、実はそれ以外にもスモーキーさの特性を左右するポイントがいくつかある。
ひとつは、ピートを手で掘るか、機械で掘るかという違い。ピートは水分を多く含んでいるため、機械で掘ると圧力によって水が絞り出されてしまう。一方、手掘りの場合は、水分を多く含んだまま切り出せるので、焚いたときに多くの煙が発生し、ウイスキーの味わいを一層スモーキーにしてくれるそうだ。
もうひとつ違いが生じるのが、地域性である。先述の通り、ピートは何千年もかけて生成されるので、土地の影響を強く受ける。例えば、北大西洋に面したアイラ島は常に潮風にさらされており、嵐によって飛ばされてきた海藻類や貝類がピートに混ざるため、海の影響を強く受けたピートが生成される。これに対し、アイルランドやハイランドは直接的に海の影響を受けないので、ドライで乾燥したピートができあがる。この差もウイスキーの味に大きな違いをもたらすという。
ウイスキーによって異なるスモーキーさのニュアンスを、言葉で説明するのは非常に難しい。そこで、ジョン氏が考案したのが〝スモーキーレベル〟と〝スモーキーリング〟という2つの指針である。
スモーキーレベルとは、ウイスキーのスモーキーさを5段階評価で示したもの。レベル1は「スモーキーさが感じられるか感じられないかというレベル」で、レベル5は「これ以上スモーキーなウイスキーはないレベル」となる。こうして数字で示すことによって、スモーキーさの好みを判断しやすくしたという。
スモーキーリングは、ウイスキーの香味特性を〝磯の香〟、〝スウィート〟、〝フルーティー〟、〝スパイシー〟という4つに分類したもの。ピートの採掘地や、熟成樽の違いによるフレイバーの差異を視覚的に分けることで、細かなニュアンスの差をわかりやすく表現している。
この2つの指針をもとに、4つのスモーキーモルトの試飲が行われた。
[アードモア レガシー]
最初に試飲されたのは、セミナーの目玉でもあるアードモアのウイスキー。今回は、熟成される前のニューメイクと、ウイスキーとして完成した『アードモア レガシー』が用意された。
アードモアの蒸溜所は、ハイランドのアバディーンシャーにある。この地域には肥沃な大麦畑が広がっており、クリーンな水が潤沢に得られ、海の香りの影響を受けにくい比較的ドライなピートが採掘できる。また、年間を通じて気温が低いため、ゆっくりと熟成が進む土地柄もウイスキー作りに適している。
ニューメイクに関しては、ほとんどスモーキーさが感じられないが『アードモア レガシー』は、はちみつのような甘い香りの中にすっきりとしたスモーキーさを感じることができる。スモーキーレベルは2。
スモーキーリングから見えてくる特性は、バニラのような甘みと、心地良いスパイシーさ。実際に口に含んでみると、爽やかなスモーキーフレイバーの中に、バーボン樽由来のバニラ感と、ほどよいスパイシーさが感じられる。
ジョン氏がおすすめする飲み方は、ハイボール。「強すぎないスモーキーさと、ほのかな甘さが炭酸の中にうまく溶け込んで、口元と鼻元に素晴らしい感覚をもたらしてくれます」とのこと。すでに販売されているイギリスでは、ロンドンを中心に大きな支持を集めているという。
[カネマラ]
続いて紹介されたのは、アイリッシュウイスキーの中で、唯一ピーテッドモルトを使用しているカネマラ。かつては、アイルランドでもピートを用いたウイスキー作りが行われていたが、時代の移り変わりとともに衰退していった。そんな中、昔のスタイルを継承したウイスキー作りを取り戻そうとしているのがカネマラの蒸溜所である。1989年にできあがった比較的新しい蒸溜所だが、〝エメラルド島〟とも呼ばれるアイルランドの豊かな自然を活かしたウイスキー作りにこだわっており、独自の味わいを実現している。
試飲された『カネマラ』のスモーキーさはアードモアよりも強く、レベル3。洋梨や青リンゴ、柑橘系のフルーティーさが特徴的で、口の奥ではバニラのような甘みも感じられる。
[ボウモア スモールバッチ]
スモーキーモルトを巡る旅は、アイルランドからアイラ島へと場所を移す。次に登場したのは、1779年に設立され、アイラ島内の蒸溜所で最も長い歴史を誇るボウモア。今では珍しくなった、手作業によるフロアモルティングを行っている蒸溜所で、最高のウイスキーを作るために惜しみない努力を続けている。
ボウモアの蒸溜所は、波しぶきや潮風の影響を強く受ける立地にあり、貯蔵庫の一部は海抜0メートル、もしくはそれ以下に位置しているため、熟成は常に海の影響を受けながら進む。そのため、完成したウイスキーは磯の香や甘塩のような味わいを感じさせるテイストで、スモーキーさも強い。今回用意された『ボウモア スモールバッチ』のスモーキーレベルは4となる。しかし、何よりも特筆すべきは、その一体感である。ボウモアは、磯の香やスモーキーさが強く感じられるウイスキーでありながら、樽由来の甘さやフルーティーさもしっかりと感じられ、全体的に見事なバランスを誇っている。これこそが、〝アイラモルトの女王〟と称される最大の所以だろう。
[ラフロイグ セレクト]
最後に登場したのは、〝アイラモルトの王〟と讃えられるラフロイグ。ラフロイグのウイスキーは、しばしば「Love or Hate」(愛してやまないか、嫌悪する)と表現される。それほどまでに強い個性を持ったウイスキーは、ニューメイクの時点で強いスモーキーさを漂わせている。これは、使われているピートにコケ類が多く含まれているためで、水分が多いピートを丁寧に手掘りした上で焚いていることに起因する。
この日、試飲されたのは、5種類の異なる樽で熟成されたスピリッツをブレンドした『ラフロイグ セレクト』。海の影響を非常に強く受けた薬品的なフレイバーを持つウイスキーで、スモーキーレベルは最高の5に値する。フルーティーさやスパイシーさは控え目だが、シェリー樽由来の甘みも強く感じられる。
今回紹介された4つのウイスキーには、いずれも熟成年数の表記がない。この点について、ジョン氏は「今回のセミナーでは、旅をするように、各蒸溜所の風土に着目しながら、スモーキーモルトの個性を紐解いてきました。私は、旅はシンプルな方がいいと考えています。例えば、年数表記に囚われ過ぎると、スモーキーさの特徴が地域や作られ方によって異なるということを考える上で障害になることがあります。だから、今回は敢えて年数表記を入れないことにしました」と説明。年数よりも地域性や作り方に着目して、スモーキーモルトを楽しんでもらいたいという想いを明かした。
セミナーの最後には、ヨーロッパから持ってきたというスペシャルなウイスキーが振舞われた。しかし、品名は伏せられたまま。ジョン氏は、今回のセミナーで説明した内容をもとに、色、香り、味わいからウイスキーの産地や種類を推測する方法を紹介した。
ジョン氏が最初に注目したのは色。「色はかなり濃くて、赤みがさしています。このことから、ワイン樽でフィニッシュをかけたものだという推測が成り立ちます」とのこと。
続いては香り。ジョン氏は「嗅いでいただくと、最初に感じるのは強い甘味。これは間違いなく、ワイン樽で熟成された証拠だろうと想像できます。それに加えて、タンニンも感じられます。このことから、ある程度長く熟成されたお酒ではないかとの推測も立ちます。もうひとつ、磯の香も感じられるので、ハイランドやアイルランドではなく、海の影響を受ける立地の蒸溜所ではないかと考えられます」という分析を披露した。
最後は味わい。「テイスティングしてみると、非常に強い果実感があります。それも、色の濃いダークチェリーやプラム、熟したベリーのようなテイストです。それから、香りにもあった海っぽさ。塩味を感じるというところから、これはもう明らかにポートワイン系だと推測できるでしょう」と解説。
その上でジョン氏は「答えを明かしますと、これはボウモアの23年です」と発表した。それに付け加えて、「先ほどポートはフィニッシュと推測しましたが、実は23年間ずっとポート樽で寝かせた特殊なボウモアでした。ポートというのは非常に力が強いので、20年間も熟成させてしまうとポートのフレイバーだけになってしまいます。しかし、これはボウモアらしい海っぽさやバランス感を持ちつつ、なおかつポートらしさというのが非常によく表れた珍しいお酒です」と説明すると、会場からは驚きと納得の声が同時に漏れた。
セミナーが行われた3月17日は、ジョン氏の生まれ故郷であるアイルランドの祝祭日だったこともあり、最後はゲール語のあいさつで、スモーキーセミナーを締めくくった。