2012年11月28日
曽我和弘のBAR探訪記 「噂のバーと、気になる一杯」
酒を楽しみたい・・・。そう思ったとき、人はバーという止まり木を探す。そしてバーテンダーと話をしながら酒なる嗜好品を味わっていくのだ。そんな酒の文化を創り出してきたバーも千差万別。名物のカクテルで勝負している店もあれば、バーテンダーの人柄や店の雰囲気で人を集めているところもある。数ある名物バーを探し、今宵はコレを飲んでみたい。
大阪府・心斎橋 HYBRID(ハイブリッド)
ここ数年、バーではフレッシュフルーツを使ったカクテルが人気である。果実の味をいかしたそれは、何となくオシャレな感じがするし、バーテンダーのオリジナリティも出るのでウケているのだろう。人気のフレッシュフルーツカクテルの分野に、この度「ミドリエアミックス」なるものが加わった。果たしてそれはどんなものなのだろうか。試しに飲んでみようと、心斎橋の「HYBRID(ハイブリッド)」に出かけてみた。
なぜ「ハイブリッド」なのかというと、以前からフレアバーテンダーとして名前が轟(とどろ)いている川田拓朗さんの店に行ってみたいと思っていたからだ。それにこの店では「ミドリエアミックス」が飲めるとの話を人伝手に聞いていた。そもそもフレアとは、正式名称をフレアバーテンディングといい、バーテンダーがボトルやシェイカーなどを持って曲芸的パフォーマンスを見せながらカクテルを作っていくものを指す。ルーツは「エルドラドサロン」(サンフランシスコ)のジェリー・トーマスだが、一般的にはトム・クルーズ主演の映画「カクテル」により、その存在が世界的に広まった。オーセンティックなバースタイルとは対極にあるものだが、「ハイブリッド」では、その2つをうまく融合できないかとのテーマを掲げ、バー運営を行っている。だから店名も「ハイブリッド」。異なる要素の複合を意味するハイブリッドは、川田さんがこのバーを作った時のコンセプトである。「しっかりとしたお酒が飲めるバーで、フレアも楽しめるようにしたい。スタイリッシュだが、堅くなり過ぎない―、そんな全く逆のものを融合させることに今も試行錯誤しながらやっています」と川田さんは話している。
「ハイブリッド」は1年半ほど前にオープンしたバーである。
フレアスタジアム2003などで優勝し、フレアの世界大会に日本代表として出場したこともある川田拓朗さんが経営する店である。川田さんがフレアを初めて知ったのは梅田の「チャーリーブラウン」に勤めていた頃。日本フレアバーテンダー協会のコンペティションがあると聞いて当時の店長と出かけたのがきっかけだ。会場で初めてフレアに触れ、「かっこいいな」と思った川田さんは、見よう見まねでボトルを投げたりして練習を繰り返したそうだ。
21歳の時、そのコンペティションに出ていた野川さんから誘われ、靫公園(大阪市西区)近くにできたバーへと移る。それが「ハイブリッド」という店だった。この店はフレアとクラシカルなものの合体がテーマ。当時としては画期的な店だったが、残念ながら数年して店を閉じてしまった。川田さんはかつて勤めていたその店のテーマが忘れられず、自身が独立するにあたって、「ぜひ名前を使わせて欲しい」と野川さんに頼み込んだという。かくして以前靫公園近くにあったものと同名のバーが心斎橋に誕生したのである。
心斎橋にお目見得した「ハイブリッド」は、川田さんの店ということもあってフレアを目当てに来店する人が多い。フレア自体は行う時間が決まっているわけではなく、お客さんの要望で実施している。その演出もあって楽しく酒が飲めると評判になり、客が客を呼ぶ流れになっている。川田さんも「誕生日だからフレアのショーをやってというお客様もいて、かなり浸透して来ましたね」と手応えを感じているようだ。
ところで、肝心の「ミドリエアミックス」の話をせねばならない。
「ミドリエアミックス」には、「ミドリ」とフレッシュフルーツを使うという定義があり、それらを専用のシェイカーに入れて振って作るのだ。この新しいスタイルの中心となる「MIDORI(ミドリ)」は、サントリーのメロンリキュールである。その前身となる「ヘルメスメロンリキュール」をアメリカ人のバーテンダーが大絶賛したことから、サントリーがアメリカで通用するブランドとして開発した。フルーティでナチュラルな味わいは、日本よりむしろ欧米諸国の方が高い評価をしているのかもしれない。
サントリーでは、「ミドリエアミックス」を作るために専用シェーカーを開発した。普通のシェーカーより大きめのそれには、中に計量ラインが付いており、高い技術を要すバーテンダー以外の人でも使いこなせるように設計されている。3ピースシェーカーの持ちやすさに、ボストンシェーカーのカジュアルさをミックス。空気を沢山含むことで、味がまろやかになるという特徴を有している。
「ハイブリッド」のカウンターに陣取った私は、川田さんに「ミドリエアミックス」を作ってもらおうと注文した。川田さんがそれに用いたのは洋梨。特に名前はないのだが、あえていうなら「洋梨とシャンパンカクテル」だそう。
まず川田さんは「ミドリエアミックス」専用のシェーカーに「ミドリ」を60ml注ぐ。それから洋梨1/4をザク切りにし、ブレンダーにかけてジュースにする。そのジュースをシェーカーに入れるのだが、「ミドリ」と洋梨のジュースで120mlぐらいになるのが目安だと教えてくれた。氷をシェーカーに入れてシェイクしたらグラスに注いでいく。そこへスパークリングワインを120ml加えたら完成。色鮮やかなこのカクテルは、フレッシュジュースのような果肉感がある。川田さんの話では、ブレンダーにかける時に洋梨の食感を残すようにしているのだとか。フルーツの繊維とスパークリングワインが反応してできるふわふわした泡は、いかにも飲みたいという衝動をかきたてる。
口に含むと、甘~い誘惑と、果実のさっぱりした感覚が口内を支配する。「ミドリエアミックス」の紹介に"体験しないと分からない不思議な飲み心地"とあったが、まさにそんな感覚が生まれそうな一杯だろう。「ミドリ」独特のフルーティさが洋梨のジュースに相まって丁度いい甘さになっている。「サントリーのレシピではソーダを使っているんですよ。でも、もう少しコクがほしいと思って今回はスパークリングワインに代えてみたんです」と川田さんの説明が入る。女性ならソーダでもよかったのかもしれないが、酒好きの私としてはこの方が好都合。酒のボリュームも出るし、味にまとまりがあるように感じる。
もともと「ハイブリッド」では、フレッシュフルーツのカクテルがよく出るのだとか。この日は、アボカド、フルーツトマト、巨峰、イチヂクなどがあるとボードに書いてあった。川田さんはフレッシュフルーツカクテルを好む人に「洋梨で面白いものを作りましょうか」と言って「ミドリエアミックス」を薦めるらしい。「洋梨のシャンパンカクテル」は、かなり飲みやすい。だが、量もアルコール度数もあるので、調子に乗って何杯もぐいぐい飲ると酔いがまわることは間違いない。
「サントリーから『ミドリエアミックス』をやりませんか?と言われた時は、カジュアルなイメージがうちに合うなと思いました。レシピを見ると、簡単にできますし、専用シェーカーもしっかりしています。それに『ミドリ』はなんにでも合わせやすいリキュールですからね」。この店ではインターネットの動画を撮影した8月から「ミドリエアミックス」を提供している。始めてからそんなに時間がたっていないが、なかなか好評なのだそう。普通のシェーカーで作ったものよりまろやかになるからだろう、殊に女性には人気があるそうだ。「今回は洋梨で作りましたが、パイナップルやバナナ、メロンを使っても美味しいですよ。当然ながらメロンは『ミドリ』の味と同じですので、その風味がより強調されます。洋梨は他のフルーツよりさっぱりとしています。もっとさっぱりしたのが飲みたければ、パイナップルがオススメですね」と川田さんは言う。
グイとやりたい気持ちを抑えながら私は、このカクテルをゆっくり味わいたいと思った。店内ではお客さんの注文からフレアが始まっている。
川田さんの話では、フレアの腕が落ちないように川田さんレベルの人でも普段の練習は欠かせないらしい。ましてや大会に出る人は毎日6~7時間も練習する。仕事前に行い、終わってからまた練習をする。店に立っている時間以外は、当分フレア漬けの毎日を過すそうだ。そうしないと、一流のフレアバーテンダーにはなれないのだという。「この店に来て楽しんでもらうのが一番嬉しい」と言う川田さんらフレアバーテンダーには、練習漬けという過酷な日々がある。そう思うと、彼らが作ったカクテルをしっかり味あわねば...。そんなことを考えつつ、カウンターに目を移すと「洋梨のシャンパンカクテル」がほとんどなくなっていた。やはり旨いものは、いくら粘ろうと思っても早くなくなってしまう。たとえそれが熟練フレアバーテンダーが作ったものだとしても...。
住所大阪市中央区心斎橋筋1-5-6ミューズ389ビル1F
TEL06-6245-8848
営業時間18:00~翌3:00
定休日無休