2013年03月11日
曽我和弘のBAR探訪記 「噂のバーと、気になる一杯」
酒を楽しみたい・・・。そう思ったとき、人はバーという止まり木を探す。そしてバーテンダーと話をしながら酒なる嗜好品を味わっていくのだ。そんな酒の文化を創り出してきたバーも千差万別。名物のカクテルで勝負している店もあれば、バーテンダーの人柄や店の雰囲気で人を集めているところもある。数ある名物バーを探し、今宵はコレを飲んでみたい。
大阪府・天満 天神橋筋四丁目 FCUK@GE(ファッケージ)
飲食店を語る場合に"隠れ家"という表現は、人を惹きつけるキーワードになっている。雑誌のグルメ記事しかり、テレビのグルメ番組しかりで、このフレーズはよくメディアに登場する。先日、私が飲みに行った「天神橋筋四丁目FCUK@GE(ファッケージ)」は、まさにそんな言葉が似合う店だった。
まず、場所がわかりにくい。そもそもJR天満駅周辺は、筋が入り組み、小さな店が多い。雑多といってしまえば、それまでだが、このわかりにくさがある種、人気を呼んでいる感がある。多分、街自体に隠れ家的要素があるからだろう。細い筋を縫うようにして歩いていき、チェーン店には程遠い個人店へ行きつく。そんな店へ他人(ひと)を連れて行くことが、なんとなくオシャレなのだ。
他の人気店同様、「天神橋筋四丁目FCUK@GE」へ行きつくのもひと筋縄ではなかった。JR天満駅を降り、地図を頼りに細い通りを歩いてみたが、わからず、結局は店の人に迎えに来てもらった次第である。店主の大野健さん曰く、「うちは看板も出ていないので、通り過ぎてしまうんです」とのこと。迎えに来てもらうと、意外にもわかりやすい。日本一長いとされる天神橋筋商店街を天六(天神橋6丁目)方面へ向かって歩いていき、「王将」のすぐ横の路地を入っていくと、「天神橋筋四丁目FCUK@GE」があった。但し、路地は人が一人通ることができるほどの広さ。おまけにこのバーは、屈まないと中が覗けない造りになっている。これは正真正銘の隠れ家だ!
大野健さんなるバーテンダーは、茨木(大阪)に「FCUK@GE」という盛業バーを営んでいる。24歳の時に阪急茨木市駅近くで独立した。当時、茨木ではノーチャージが当たり前で、1コインぐらいで飲める店ばかりだったらしい。そんな時代に「FCUK@GE」は、200円のチャージを取り、お通しも出す。その代わりバーテンダーがきちんとカクテルを作って提供してくれる_、こんなスタイルでオープンしている。
「FCUK@GE」が茨木で受け入れられ、徐々に盛業店の評判が高まっていった頃、大野さんは店をスタッフに任せ、東京へ行っている。墨田区にできる「bar NOMAD(バー・ノマド)」をプロデュースするためだ。この店は錦糸町から押上に向かう四ツ目通りにある。昨年、完成して話題になった東京スカイツリーのお膝元ともいうべき場所だ。スカイツリー完成を記念して墨田区のバーが集まり、名物カクテル「東京スカイツリーカクテル」を作った。その企画に大野さんも参加したらしい。新しくできたカクテルは『スカイウォッカ』をベースに、墨田区をイメージして吾妻ラムネを使い、墨田区が桜見の発祥の地ということから桜のリキュールを用いている。それらにグレープフルーツジュースを加えて作るのだという。「どこの店でも出せるよう、ステアだけで作ることができるようにしています」と大野さんは話していた。
2年8カ月の間、東京で暮らし、帰阪したわけだが、天満で2号店を企画して下見をすると、やたらとビニールの看板の店が連なっていることがわかった。そこで大野さんは、この街で2号店出店するなら、それらの店とは対極に入口を狭くし、引き戸を開いて入店する店にしようと決めた。「隠れ家っぽさを醸し出したかったんで、路地裏の物件を求めたんです。デザイナーも入れず、私がイメージしたものを工務店に頼んだんです。だからかっこよさはないですが、どこか落ち着く感じがしませんか?」と言う。扉もあえて屈まないと入れない仕様に。「買い出しの荷物を2つ持って、私がしゃがんで入れるような大きさにしてもらいました」と笑い話のように言う。この手の扉は和食店や居酒屋に見られるが、バーでは珍しい。それでも興味がある人は、しゃがんで中を覗くそうだ。「何の店かはわかりづらいので興味のない人は、通りすぎてしまうでしょうね。でも、大半の人は気になっているみたいで、『前から気になっていたんです』と言って入ってくる人が多い」そうだ。
「天神橋筋四丁目FCUK@GE」は、カウンター10席、テーブルが2つという小ぶりな店である。しかし空間は広め、ウイスキーの樽をうまくテーブルに見立てて使っており、テーブル席からは、壁に配されたボトルを眺めながら飲めるように設計されている。大野さんは「自分達で描いたので今風ではない」と謙遜するが、なんとなくウイスキー貯蔵庫の奥で飲んでいるようでオシャレ感もある。それに大野さんらの明るいキャラクターが加味して、ホッとできるのがいい。そんな雰囲気がセレブに受けているようだ。若い層を狙って造ったにも関わらず、病院の経営者や企業社長など社会的地位の高い人がよく通って来る。常連は、飲み慣れている人が多く、やはりありきたりのバーに飽きたので、ここへやってくるのだろう。そういう意味でも「天神橋筋四丁目FCUK@GE」は、隠れ家なのであろう。
ちなみに店名には"天神橋筋四丁目"とあるが、正式な住所は天神橋4丁目。つまり"筋"なる文字はどこにも見当たらない。これは大野さんが上下並列して表示する時に、FCUK@GEに文字づらを合わすと、どうしても一文字足りなくなり、そこで"天神橋筋四丁目"と表記したからだ。こんなところも洒落がきいている。
私はこの店へ来て、何となく「ジムビーム」が飲みたくなった。「スコッチや焼酎が好きで、どちらかというと、バーボンは得意な方ではない」と語る大野さんだが、それでも「ジムビーム」のブラックラベルは必ず置いているそうだ。それどころか、一日に一本は消費すると話しているから、むしろ「ジムビーム」の人気店の部類に入ってしまう。
大野さんは「ソーダで割りましょうか」と言って大きめのグラスを取り出した。17オンスのグラスに大きめの角氷を2個入れる。その氷に這わせるように冷凍庫で冷やした「ジムビーム・ブラックラベル」50mlを注いでいく。
次にソーダの栓を開けると、氷に当たらぬように注ぎ入れ、さらに上から「ジムビーム・ブラックラベル」を5mlぐらいフロートする。ここで面白いのは、その上にチョコレートビターズを数滴垂らすこと。この店には輸入物のビターズが11種類置いてある。ラインナップはチョコレート、バニラ、ペパーミントなど。大野さんによると、「ビターズを垂らすと、初めに香りが立つタイプと残り香が来るタイプにわかれる」らしい。今回はチョコレートなので、後者になる。飲んだ後に舌にチョコレートがまとわりつくような感じで、樽の焦がしたイメージをそれで醸し出しているようにも思える。11種のビターズの中でもバーボンのハイボールにフィットするのはバニラか、チョコレート。ペパーミントもミントジュレップっぽくなって美味しいらしい。
「独立する前に一年間沖縄のバーで働いていたんです。その時のバーテンダーが師匠ですね。でも誰かに影響を受けたというより、我流でここまでやって来たと言った方がいいかもしれません」。大野さんはハイボールを作る時にステアしない主義だそう。「うちはグラスも大きく、入る量も多いので、あえて上からフロートしているんですよ。ステアしないのでハイボールはこのようにして提供するようにしています。ソーダを注ぐことで混ざりはするんですが、明るい場所でよ~く見ると、全部混ざっていないのがわかります。上からフロートしたウイスキーをまず味わい、飲んでいくうちに徐々に混ざり合うように考えているんです」。
「バーボンのとがっている感じが苦手だった」と言う大野さんだが、こと「ジムビーム・ブラックラベル」だけは高い評価を与えている。バーボン独特の香りを残しながらも優しい味わいがすると評しているのだ。「今の『ジムビーム』は40度あるですが、どちらかというと丸い感じがしますね。うちはスコッチ好きが多いんですが、そんなお客様からも『飲みやすいね』と好評ですよ。芳醇な香りと滑らかでクリーンな飲み口が受けているのかもしれません」
このハイボールに合うおつまみとして自家製のレーズンバターがある。作り方は企業秘密だそうだが、特徴としてはレーズンバターの周りにフランスパンがあって、濃厚な味をカバーしている。大野さんは「レーズンバターをと、注文する人のイメージを壊したい」と思ってパンの中にレーズンバターを詰めた。八角が入っているのか、口に含むとその風味が口内に残る。「一度注文すると、必ずリピートする」と言うだけあって、甘みのないハイボールには、ピッタリなのだ。
さっきから「スコッチに比べ、バーボンは得意ではない」と話している大野さんだが、酔い疲れした日には、なぜかバーボンのコーラ割りを好んで飲むそうだ。「何を隠そう、私はコーラ好きで...」と答えると、2杯目はそれを作ってくれた。作り方は先程の「ジムビーム・ブラックラベル」のハイボールと同じで、ソーダがコーラに代わっただけである。ただ、レモンスライスと、最後に香りづけのピールが加わっている。遊びとして、これにはバニラのビターズを垂らしてくれた。わかっていることだが、バーボンとコーラは好相性。さらに私の好物とくれば、美味しくないはずはない。6年以上じっくりと熟成させることで生まれた芳醇な香りと厚み。「ジムビーム・ブラックラベル」の特徴をうまく伝えながらコーラの味とともに喉に伝わっていく。
カウンターに目をやると、先程注文したレーズンバターがまだ残っている。これを美味しく味わうには、やはり「ジムビーム・ブラックラベル」のハイボールがいいか...。そんなことを思いつつ、バニラの残り香が漂うコークハイを再度口に運んだ。
住所大阪市北区天神橋4丁目11-19
TEL080-7013-5068
営業時間18:00~力尽きるまで
定休日火曜日