2013年12月16日
曽我和弘のBAR探訪記 「噂のバーと、気になる一杯」
酒を楽しみたい・・・。そう思ったとき、人はバーという止まり木を探す。そしてバーテンダーと話をしながら酒なる嗜好品を味わっていくのだ。そんな酒の文化を創り出してきたバーも千差万別。名物のカクテルで勝負している店もあれば、バーテンダーの人柄や店の雰囲気で人を集めているところもある。数ある名物バーを探し、今宵はコレを飲んでみたい。
大阪府・扇町 Bar C-covo(バー・シー・コーヴォ)
扇町(大阪)の交差点近くに新しいバーができた。地下鉄堺筋線扇町駅5番出口からすぐのところにあり、1階店舗で、しかもガラス張りなのでバー初心者でもふらりと入ることができそうだ。聞けば、11月1日にオープンしたばかり。私が行った日から考えると、まだ2週間もたっていない。店主の嶋田耕太郎さんは9月29日までウエスティンホテル大阪の「ブルーバー」に勤めていた。以前から30歳で独立しようと決めて仕事に就いていたらしく、31歳とほぼ目標に近いかたちで独り立ちし、「Bar C-covo(バー・シー・コーボ)」を開いたことになる。
嶋田さんは大学時代に東洋史学を勉強していた。本来なら学んだものをいかす道へと進みたかったのだが、就職口が博物館の学芸員とか、図書館の司書などといったとにかく狭き間口のものしかなく、方向転換をし、アルバイト時代になじんでいた道に就いた。帝国ホテル大阪に在籍し、ロビーラウンジ、スカイラウンジ、オールドインペリアルバーと3つの店で仕事をしながらバーテンダーとして腕を磨いている。帝国ホテル、ウエスティンホテルと有名どころで働いていたが、そろそろ自分のしたいことに没頭したくて「C-covo」を作ったのだという。
「C-covo」はカウンター7席だけの小ぶりなバー。扇町に上質なバーを開きたくて作ったと話していた。とは言っても雰囲気は堅苦しくない。嶋田さん曰く「入りやすい店を作りたくて、こんな雰囲気にしたんです。わかりやすい場所にあるものの、隠れ家的要素をつけたくて...。少しおこがましいですが、バー文化の裾野を広げられるような店になればと思っているんです」。嶋田さんが一流ホテルを辞めてまでしたかったこととは、ラムをベースにしたカクテルや、フレッシュフルーツを使ったカクテル、はたまたお気に入りのシャンパンを出したりと、とにかく自分の好きなものを提供したいということ。そして店名の「C」にその思いを乗せた。「C」とはカリビアンラムやシャンパン、カリラなどの頭文字である。これらは全て嶋田さんの嗜好らしい。ちなみに「covo」とは、イタリア語で隠れ家を意味する。つまりこのバーは、嶋田さんの思い出を乗せた隠れ家ということになる。嶋田さんの個性もあるのだろうが、この店では見知らぬ客同士でも気軽に会話しながら飲んでいる。「色んな人が集まる楽しい空間を提供したい」と言う彼の思いが早くも店の雰囲気になってきているようだ。
嶋田さんと歴史話(実は私も歴史好きである)をしながら飲っていると、あるものが目についた。どうやらこれは2013年7月26日に開催された「ブルガルカクテルチャレンジ」の優勝盾だ。同大会は東京インターコンチネンタル東京ベイで行われたもの。全国から約300名のバーテンダーが応募し、書類審査を通過して本選まで駒を進めたのがたったの6人。その中で見事、嶋田さんが優勝している。嶋田さんがその大会で作ったのは、「Larimar(ラリマー)」なるオリジナルカクテル。勿論、ドミニカの国民酒とも呼ぶべきホワイトラム「ブルガル」をベースにした一杯である。
「ラリマー」とはドミニカを代表する宝石。その名の通りドミニカ原産の青い宝石で、海のイメージと合わせて癒し的な味がするカクテルらしい。ちなみにこれは「ブルガルブランコ」40ml、ミスティア10ml、デカイパーブルーキュラソー1ティースプーン、蜂蜜10ml、タイムの葉1本、レモングラス1本を使って作る。「ラリマー自体が癒しの宝石で、愛と平和の象徴らしいんです。柑橘とハーブを合わせ、癒しのイメージを創作しました。タイムの葉とレモングラスを刻んで中に入れており、ほのかに甘く、すっきりした夏向きの一杯です」。嶋田さんはすっきりした味わいをいかそうと思い、「ブルガルブランコ」を使ったそうだ。
大会での審査員評は「ネーミングがカクテルに実に合っている。まさにカリブ海のイメージに合った味わいで、癒し効果もある」とのことだったらしい。「カクテルのイメージはパッと頭に浮かんできたんですが、なかなかいい名前が思いつかなくて2日ぐらい悩みました」と嶋田さんは言う。カリブ海の画像を観たり、野球強国であることを再認識したり、はたまたミスユニバースに選出されることが多いドミニカ美女を思い浮かべたりしているうちにカリブの宝石・ラリマーに行きついたらしい。
そんな話をしていたら嶋田さんが「ホワイトラムで、ダイキリを作りましょうか」と言ってきた。嶋田さんはラム酒好きだとのこと。「C-covo」を始める際に何かに特化したバーにしたいと、小さい店ながらもラムを70本ほど揃えた。ラムはものによって味が違うと表現する。今日私に作ってくれるダイキリには、「ブルガルアネホ」を用いるそうだ。ドミニカ共和国・ラム産業のパイオニア的存在である「ブルガル」は、他のラム酒に比べて軽いイメージである。だから使いやすいのか、日本のバーテンダーの中でも評価が高い。それもそのはずで、カリブ海エリアでは売上№1を誇っている。
薦められるままにダイキリを注文すると、嶋田さんは「ブルガルアネホ」を棚から取り出して作り始めた。
作り方はまずシェイカーに氷を入れ、冷気がその中に宿ると、氷を戻して水気を切る。次に15mmぐらいにカットしたフレッシュライムを搾って入れる。
粉砂糖を1/2ティースプーン加えて、「ブルガルアネホ」を45ml注いでシェイクする。そして冷えたカクテルグラスに注ぎ入れて完成する。
嶋田さんは「ブルガル」自体を他のラムに比べるとドライで、すっきりした味と表現している。その中でも「アネホ」は、熟成タイプで中庸的な味がするという。ダイキリには深みがあった方がいいと思い、あえて「ブルガルアネホ」を用いたそうだ。
「熟成したラムで作るのは他にもあるんですが、『ブルガル』だとドライ感が醸し出されるんですよ」。粉砂糖で甘みをつけたのは、ジュガー(一般的な砂糖)だと甘ったるくなってしまうから。甘みが専攻するのがどうしても嫌だったと嶋田さんは話していた。ダイキリを作る際には味見しながら調えていく。ライムは自然の産物なのでものによって味が違ってくるからだ。ライムが酸っぱいともう少し粉砂糖を足し、柔らかな甘みを出していく。このダイキリはライムジュース1/4と「ブルガル」3/4の割合いになるようにしている。
味わってみると、さっぱりした味で、嶋田さんが言うようにドライ感がうまく出ている。「ブルガルは他のホワイトラムより甘みが少ない」と言うように柔らかい甘みがライムの酸味に寄り添っているかのようだ。
「アネホではなく、エクストラドライを用いると、味はかなり変わってきますか?」との質問に嶋田さんは「少しコクをつけたいと思って『アネホ』を使っているんです。『エクストラドライ』だとさっぱりしすぎるように思います」と答えてくれた。
嶋田さんの3種の「ブルガル」評は以下のものである。「エクストラドライ」は、その名の通り他のラムよりさっぱりし、ドライ感がある。「アネホ」は前述したように熟成タイプ。そして「1888」は「マッカラン」のシェリー樽で寝かせているのでシェリー香があり、熟成感もあって甘い。そうは言っても「ブルガル」の良さを持った甘さで、他のラムに比べると決して甘くはないとのことだった。嶋田さんは「ブルガル1888」とドランブイで少し甘めの食後のカクテルを作るそうだ。 「1888」を用いると、スコッチウイスキーで作るよりもっと甘さが出たものになる。「その他に柿と合わせたカクテルもあるんですよ。柿を鍋に入れ、三温糖を使って炒めるんです。それをミキサーで砕き、『ブルガル1888』と合わせるんですよ。柿と『ブルガル』に香ばしさがついて旨くなります。それを漉してカクテルグラスに注ぎ、柿を添えて出すと女性ウケしますよ」。このカクテルはその場のイメージで作ったものなので名前はないという。流石にこの日は柿がなかったので作ってもらえなかったが、「秋の夜にはぴったりだ」と勝手に味を想像してゴクリと唾を飲んでしまった。
私が訪れた日の翌週に嶋田さんはドミニカに旅立つそうだ。コンテストの副賞としてドミニカの研修旅行があり、それに出かけるのだという。「店をオープンして、すぐに1週間近く旅に出るのはどうかと思ったんですが、行って来たらドミニカの酒事情やバーの雰囲気も土産話として話せるでしょうし、『ブルガル』の蒸溜所も見学できるので造り手の話によっては新しいカクテルが思いつくかもしれません。それをお客様に披露するのも、またいいかなと思いまして...」と嶋田さんは話していた。ドミニカの空気に触れるだけでも想像力は高まるはずだ。今度はその土産話を聞きながらカクテルを味わうのもいい。その時までにこちらも新たな歴史ネタを仕入れておくようにしよう。バーテンダーの腕もさることながら、歴史マニアという点では嶋田さんは、なかなかの強者(つわもの)である。
●Bar C-covo(バー・シー・コーヴォ)
住所大阪市北区天神橋3-8-9 扇町セトビル1F
TEL06-6940-0277
営業時間18:00~翌3:00
定休日不定休