2014年03月26日
曽我和弘のBAR探訪記 「噂のバーと、気になる一杯」
酒を楽しみたい・・・。そう思ったとき、人はバーという止まり木を探す。そしてバーテンダーと話をしながら酒なる嗜好品を味わっていくのだ。そんな酒の文化を創り出してきたバーも千差万別。名物のカクテルで勝負している店もあれば、バーテンダーの人柄や店の雰囲気で人を集めているところもある。数ある名物バーを探し、今宵はコレを飲んでみたい。
大阪府・北新地 BAR MINMORE HOUSE(バー・ミンモアハウス)
ハイボールブーム以降、ウイスキーに興味を持つ若い人が増えている。先日もサントリー協力のもと、「一時間で通になれるウイスキー講座」なるセミナーを某社イベントで私が企画したのだが、普段なら来そうにないタイプ(料理好きだが、お酒は苦手と敬遠していた女性)が受講しに来ていたのを見て「やはりブームの影響は大きかったか」と一人納得した次第である。そんな参加者からこんな質問を受けた。それは「ウイスキー初心者がまず味わうには何がいいのでしょうか」というもの。「山崎」や「角瓶」と答えても良かったのだが、少々、天邪鬼な私は「ライトで飲みやすいという点では『オーヘントッシャン』ですかね」と思わず発してしまったのだ。「じゃあ、それはどこで飲めるんですか?」と聞かれ、考えたあげくに「う~ん、少しマニアックな感も否めないので、どこのバーでもあるとは限らないかも・・・」と曖昧に返してしまった。しかし、いくら何でもそのままではいけないだろうと思い、某氏にそれが飲める店を尋ねると、「北新地の『BAR MINMORE HOUSE(バー・ミンモアハウス)』ならあるよ」との解答を得た。そこでその質問者を連れていく前に下見がてらにそのバーへ行ってみることにした。
「バー・ミンモアハウス」は、新地の口にある。2号線からすぐの便利な場所で、大阪の人には「スエヒロ」の所を東へ折れた京屋ビルの地下と記せばわかりやすいかもしれない。ここは4年前に村上陽祐さんが独立してオープンさせたバーだ。カウンター席だけの小ぶりな店だが、村上さん一人が見るには丁度いい空間で、その分、店の個性も伝わりやすい。私はこの店のカウンター席に重い尻を置き、当然ながら「オーヘントッシャン」を頼むことにした。
村上さんの話では前まであった「クラシック」がリニューアルし、2月25日に「オーヘントッシャンアメリカンオーク」として発売されたのだとか。いっそなら新しいものをと、思わずそれを注文したのである。「ミンモアハウス」では「オーヘントッシャン」のハイボールを「3Aハイボール」と名づけて薦めるようにしている。オーヘントッシャンのA、アメリカンオークのA、アストニッシュのAで3A。それとローランドモルトの伝統製法である三回蒸溜にもかけてそう呼んでいるようだ。ちなみにアストニッシュとは、びっくりするとか、仰天するの形容詞らしい。村上さんは「とりあえず3Aをちょうだい」と注文してくれるようにと、そんな名前をつけている。
「私もその3Aを」と注文すると、早速、村上さんは「ミンモアハウス」の名物ハイボールを作り始めた。まずグラスに大きめの氷を入れ、「オーヘントッシャンアメリカンオーク」を45ml注ぎ入れる。この時、使用する氷にも村上さんのこだわりが見られる。この氷は2日前に固めるために霧吹きをして冷凍庫で寝かせている。同様の行為を2回(2日間)繰り返すことで一層堅くなり、溶けにくくなるそうだ。村上さんはあらかじめこの方法で氷を一定量作っておいて補充していくようにしている。ウイスキーが入ると、なじませるのと氷を溶かせる意味で長めにステアする。ある程度なじんだと思った頃に炭酸を100ml注ぎ入れ、刺すような感じで軽くステアすると、3Aハイボールが出来上がる。
「アメリカンオークも他のオーヘントッシャン同様、軽やかでライトな味わいだ。このウイスキーの特徴であるデリケート&スムーズに、ファーストフィルバーボン樽由来のウッディネスが爽やかに香っている。「ストレートで飲るとリッチな香味成分が感じ取りやすいんですよ。甘さが引き立つような感じですかね。クセのない飲みやすさが特徴なんですが、ハイボールだとさらに飲みやすくなるんです」と村上さんは評していた。村上さんの言葉を借りればバーボン樽を使っているせいで、フルーティーなフレッシュ感が醸し出るとのこと。「ストレートだと青りんごやシトラスの香りが出るんですが、ハイボールにするとやや感じ取りにくくなるのかもしれません。ただバニラ香は余計に出てくるのじゃないでしょうか。フローラルな柑橘系をも思わせる後味がいいですね」と話していた。今はライトな嗜好が世界的な流れである。その意味ではライト&スムーズなこの一杯は時代に適合しており、ローランドモルト伝統の三回の蒸溜を行う製法は、今後もっともっと評価されてもおかしくはない。「普通のモルトウイスキーは二回の蒸溜なんですが、これは三回。その分、アルコール度数は高くなり、雑味もなくなるんですよ」と村上さんは説明してくれた。
カウンター越しに村上さんの話を聞きながら「3Aハイボール」を飲んでいると色んな面がわかってきた。実は村上さんは岡山の蔵で杜氏見習をした経験を持っている。大阪で酒販店を営む父の下で育った村上さんは昔から酒と近い位置で生活をしてきた。そんな村上さんが、学校を卒業すると、自ずと選んだのはバーテンダーへの道。某店でバーテンダー見習いをやり、それから父親の紹介で岡山の嘉美心酒造へ籍を移している。日本酒の蔵元へ行ったのは何も杜氏になりたかったわけではない。バーテンダーをやる上で造り手の気持ちを知っておくのもいいだろうと、秋から冬の仕込み時期に合わせて日本酒造りを勉強したのだ。「飲んでいない人は、飲んだ人には勝てない。飲んだ人はプロ(バーテンダー)には勝てない。同じプロでも現地に行って勉強した人の方が上で、そんなプロも造っている人には勝てない。こんな禅問答的なことを考えているうちに一度は造り手になった方がいいんじゃないかと思うようになったんです。私が嘉美心酒造へ行ったのは、あくまでもバーテンダーとしての知識を深める上の行為だったんですよ」。そういえば、造り手からマーケティングや企画の道に進んだ人は知っているが、バーテンダーになった、いやその仕事に舞い戻った人は多分いないと思う。そんな意味では「ミンモアハウス」は、稀有なバーテンダーが営む店ということだ。
村上さんは杜氏見習が終わると、次は調理師専門学校に入学した。2年間専門学校で西洋料理とサービスについて学んだのもあくまでバーテンダーとしての延長戦上での修業。行く所は違えどきちんとした人生設計の中で動いている。一縷のブレすらない道を歩み続けているともいえる。「社会人としての師匠は、初めに勤めた店のバーテンダーですが、こんな風変わりな道を歩んできたために洋酒は独学で勉強してきました」と言う村上さんだが、お父さんが日本酒に強い酒屋を営んでいたりと、環境的にはこの上ない所で育っており、独りで学ぶことが別に苦にはならなかったのだろう。「でも知識は入るが、テイスティングは難しい」の言葉は、やはりバーテンダーならではの本音かもしれない。この台詞は、いくら達人といえども一日で成らずを表している。
「ミンモアハウス」では、ウイスキーの注文が60%ぐらいを占めるそうだ。バーボンは少なく、年々シェアが減少しており、その分スコッチが増えているという。自身は「マッカランの華やかさが好き」と言い、その余韻の長さに感動を覚えると付け加える。スコッチが好きでこの店を開けるまでは毎年、スコットランドに旅をし、蒸溜所を巡っていたらしい。けれど「ミンモアハウス」をオープンするにあたって、日本人だから日本のウイスキーに焦点を当てるべきとの結論に達し、ひたすら「白州」を薦めてきた。「白州」が森薫るハイボールとして売っていた頃には、この店では「森ハイ」と呼び、初めのビール代わりに提供していたようだ。それが今年は「3A」に変化し、「オーヘントッシャン」に注力するのだと宣言している。「オーヘントッシャン」は、ゲール語で野原の片隅という意味らしい。北新地という群雄割拠する平原で、「ミンモアハウス」は「オーヘントッシャンアメリカンオーク」のハイボールを一杯目に薦めてくる。この光景が私にとって実に面白い。「ウイスキー初心者がまず味わうには何がいいのでしょうか?」と尋ねていた人に明日メールすることにしよう。「オーヘントッシャンは、都会で働くあなたにふさわしいスタイリッシュなシングルモルトで、それは北新地の『ミンモアハウス』に行けば、飲めますよ」と・・・。
●BAR MINMORE HOUSE(バー・ミンモアハウス)
住所大阪市北区曽根崎新地1-11-9 京屋ビルB1
TEL06-6342-1777
営業時間18:00~翌3:00
定休日日曜日