2014年04月11日
曽我和弘のBAR探訪記 「噂のバーと、気になる一杯」
酒を楽しみたい・・・。そう思ったとき、人はバーという止まり木を探す。そしてバーテンダーと話をしながら酒なる嗜好品を味わっていくのだ。そんな酒の文化を創り出してきたバーも千差万別。名物のカクテルで勝負している店もあれば、バーテンダーの人柄や店の雰囲気で人を集めているところもある。数ある名物バーを探し、今宵はコレを飲んでみたい。
大阪・西天満 Bar Moment(バー・モーメント)
振り返ると、まだバーテンダーが店前に立っていた。「どんなに忙しい時でもお客様に感謝の意を込めて外までお見送りするのです」。確か「Bar Moment(バー・モーメント)」の店主・色摩(しかま)洋昭さんはそんな風に話していた。その姿は少し歩いたぐらいでは消えず、角を曲がり店が見えなくなるまで続いている。私はこの光景を目にしながらバーテンダーという職業は、サービス業であることを忘れてはならないと思った。
私が「バー・モーメント」を訪れたのは3月も下旬にさしかかる頃。ある人から「ウエスティンホテルのバーテンダーが独立したから行ってみては・・・」と勧められたからだ。大阪のウエスティンホテルから巣立った人では、昨年末にこのコーナーで紹介した「シー・コーヴォ」の嶋田耕太郎さんがいる。聞けば色摩さんも嶋田さんと同時期の11月にウエスティンホテルを辞めてこのバーを開いたのだとか。「ホテルのバーは、遥か上のランクのお客様と接することもあるので楽しかったのですが、9月に子供が生まれたこともあって、そろそろ自分の店を持とうかなって思ったんです」と独立するきっかけを話してくれた。「できれば子供が生まれた年と自店を開く年を同じにしたかったので少し慌てた感はあるのですがね」とも言っていた。
色摩さんはホテル専門学校から大阪のウエスティンホテルへ入社し、そこのバー一筋に仕事をしてきた。当初はフロントなどを希望したそうだが、配属されたのは「ブルーバー」。お酒も飲めなかったらしく、不安な気持ちで船出している。初めは「この仕事で大丈夫なのか」と自問自答を繰り返したそうだが、3年目ぐらいから徐々に面白くなり始め、バーテンダーとしての道を邁進しようと考えたようだ。色んな本を読んだり、他店へ行ったりしているうちにリーガロイヤルホテルの「ロイヤルスカイラウンジ」でカクテルコンテスト全国大会に行った人が作った一杯を飲んだという。その時の感動でさらにバーテンダーとしての仕事を追求しようと思ったようである。ただ、師匠の立花さん(現E-BAR店主)らによくしてもらったり、「マッカラン50年」などのいい酒が常ある環境に身を置くと、なかなか独立へのエンジンがかからなかったのも事実。「とても勉強になって楽しかった」というホテルのバーを辞してまで店を持とうと思ったのは、子供ができてしばらくすると安定を求めてしまうからで、自身も「いいきっかけだった」と振り返っている。
「バー・モーメント」のある老松町界隈は北新地の東側にあたり、隠れ家的要素が強い。竹の生えている店前とガラス張りが気に入ってこの場所に店を作ったと言うが、外から見ると竹の向うにカウンターが見えて何となくオシャレであり、通りに面した壁が全面ガラス張りになっている点からも安心して入ることができる。「空き店舗を見た時にビビッと来た」というインスピレーションは正しかったように思う。店舗デザイナーと話し合いながら造った「バー・モーメント」は、モダンラグジュアリーがコンセプト。「ガチガチのクラシックバーにはしたくなかった」と言うだけあってスタイリッシュな中にも肩肘張らぬ要素が宿っている。店内の白い壁は明るいイメージが伝わり、女性一人でも入れそうな雰囲気を醸し出している。ただ単に白いだけにせずに石を施しているのでスタイリッシュ感がアップしているかのようだ。
私はこの老松町にフィットしたバーで、「マッカラン」を飲んでいる。色摩さん自身、ウイスキー派を豪語しているので自ずと店にはウイスキーが多く置かれている。面白いところでは「ローリングストーンズ50周年ウイスキー」がある。これは長期熟成ブレンデッドウイスキーで、彼らが結成した年(1962年)の「山崎」や東京ドームでコンサートを行った年(1990年)の「白州」などをブレンドして造っているらしい。お客さんが買ったのを譲ってもらったそうなのでこれは売り物ではないのだろう。売り物ではないといえば、棚に置かれた「山崎50年」も同じ。これはホテル時代の常連客が「色摩さんが独立するなら持って行きたい」と棚に据えたもの。つまりその人のキープボトルなのだ。こんなエピソードを聞くにつけ、いかに色摩さんが顧客といい関係を保ってきたのかがわかる。
私は「バー・モーメント」に入り、色摩さんにお薦めを聞くことにした。色摩さんは、初対面の私の嗜好がわからなかったからだろう、王道の一杯を薦めている。「マッカラン」は世界中のモルトファンが称賛するシングルモルトウイスキーだ。その「マッカラン」の中でも色摩さんが提供してくれたのが「マッカラン18年」のオン・ザ・ロック。芳醇な香りを有し、確かな味わいが得られる一杯だ。色摩さんは嗜好を伝えなかった人やビギナーにはよく「マッカラン」を提供するらしい。「クセがなく、美味しいウイスキーですね。コレを飲んで美味しくないという人は聞いたことがありません。ソーダで割ってもいいかもしれませんが、やはりストレートか、オン・ザ・ロックで飲ってもらいたいですね」と言う。スパイシーさが出た12年に比べて、18年はバランスがとれたまろやかな味。アルコールも43度としっかりしているわりには強く感じない。「だからストレートか、ロックで飲んでほしいんです」と色摩さんは話している。「12年は口に含んだ時にちょっと強いかなと思うかもしれません。でも18年は熟成感もあり、まろやかな味わい。邪道かもしれませんが、ソーダで割っても美味しく、フルーティな甘みが前面に出るんですよ」。
「バー・モーメント」では「マッカラン18年をロックで」と注文すると、グラスに丸氷を入れてから30mlを注いでくれる。丸氷を用いているのは、ビジュアル的にもよく、エレガントな感じがするからだそうで、氷をストッカーから出して一回水に通したものを使用している。冷たいままの状態だと、ウイスキーを注ぐとパチパチ割れてしまうからそのようにするのだという。「バーテンダーによっては、氷にかなりこだわりを持っている人もいるのですが、私は商品よりも接待の方にこだわりを持ちたいですよね。だからきちんとお出迎えとお見送りは行おうと思っています。よく忙しいと『ありがとうございます』も言わない店があるでしょ。サービス業としては言語道断ですよね。どんな忙しい時でも可能な限り外まで出てお見送りします。扉の所の一瞬だけではなく、街角を曲がるまで立っていようと思い、実践しているんです。お客様がもし振り返った時に『まだ立ってるわ』と思ってもらえれば行った甲斐があるというもの。自分のできることはしっかりやっておきたい。それが私のポリシーなんです」。
バーテンダーは技術を売る商売でもある。それは色摩さんの作るカクテルを飲めばわかる。苺とラム、クランベリージュースを用いたオリジナルカクテルは人気のある一杯だ。苺の食感を残すためにゆるめにミキサーにかけ、ロックグラスに注いで出すそのカクテルは、飲むと苺の食感も口に入ってゆき、実に印象的である。しかし、このカクテルがいかに評判を博そうが、未だに名前はつけないままだとか。それも技術的こだわりよりは、接客に重きを置きたいという色摩さんの考えかもしれない。本物の接客とは・・・と考えていると、なぜかこのカクテルにも色摩さんのポリシーを垣間見たように感じる。一時間半ほどこのバーに身を置き、今は見送っている色摩さんの姿を確かめている。街角まであと数十㎝、振り返ると、色摩さんはまだ店の前に立って私を見送ってくれていた。
住所大阪市北区西天満2-9-4 クリムトBLD1F
TEL06-6585-0980
営業時間19:00~翌4:00
定休日日曜日