曽我和弘のBAR探訪記 「噂のバーと、気になる一杯」 ~Bar Heartual(バー・ハーチュアル)~

曽我和弘のBAR探訪記 「噂のバーと、気になる一杯」

酒を楽しみたい・・・。そう思ったとき、人はバーという止まり木を探す。そしてバーテンダーと話をしながら酒なる嗜好品を味わっていくのだ。そんな酒の文化を創り出してきたバーも千差万別。名物のカクテルで勝負している店もあれば、バーテンダーの人柄や店の雰囲気で人を集めているところもある。数ある名物バーを探し、今宵はコレを飲んでみたい。

果して辿り着けるだろうか...

港区・西麻布 Bar Heartual(バー・ハーチュアル)

わかりづらさも魅力のひとつ

時に飲食店を隠れ家として表現することがある。小さな店でわかりづらい場所にあるものを指すことが多く、それらの店は決まって常連で占められる。ただ本当にその店が隠れ家的要素を持っているかと問われれば大半はそうではなく、むしろ通う側の気持ちがそう語らせており、お気に入りの店を隠れ家であってほしいと願っているにすぎない。だから他人(ひと)から「隠れ家なんだよ」と紹介されても路地にあるだけで、看板もあってわかりやすく、教えられればすぐに行けたりすることが多々ある。

西麻布1丁目にある「Bar Heartual(バー・ハーチュアル)」は、口で教えられても迷ってしまいそうなくらいだ。「ハーチュアル」がある場所は、六本木ヒルズから数分しかかからないのに通りを入ると住宅が目立つ。店と住宅が混然一体となっている地域なので看板が頼りとなるが、「ハーチュアル」にはその目印となる看板がない。細い通りのこれまた路地の突き当りにあり、路地を入るところには、地面に置かれた小さな小さな樽がバーが付近にあることを示しているだけだ。なので私の論理に当てはめても「ハーチュアル」は正真正銘の隠れ家なのだ。

同店を営むのは、バーテンダーの飯沼徹さん。銀座の「TOTI ni BAR(トチバー)」で修業を積み、若くして独立をした人だ。飯沼さんの師匠の田村さんは、かなり名の知れたバーテンダー。銀座8丁目にある「トチバー」も‟大人の隠れ家"と呼ばれており、地上には看板がない。そんな店で育ったから、看板をつけることは(はな)から頭になかったのかもしれない。そう思って飯沼さんに質問すると、「実は看板に回す資金を考えてなかったんです」と照れくさそうに本音を語ってくれた。だが、それが功を奏した。通って来る顧客の方から「看板がないからいいよね」と言う言葉が聞かれたのだ。彼らは常に隠れ家を求めている。知る人ぞ知るというのが逆に魅力となり、自分だけが知っているわかりにくい店に大切な人を連れて行ってあげたいと思うのだ。西麻布は広尾からも六本木からも少し遠く、最寄駅がこれといって決まらない。どうやら一見客が来にくい地域らしい。「この辺りは目的立地の店が多いんですよ。看板を出して呼び込むより、あえてわかりづらさを強調して特別感を持たせた方がいいと考えたんです」と飯沼さんはこれまで看板を付けて来なかった理由を説明してくれた。

但し、西麻布の街を徘徊し、この路地まで来たのなら、奥の灯りが目に入るので店があることはわかる。「ハーチュアル」は、大きな窓が特徴で、店前まで行くと感じのいいバーがあると理解できるはずだ。ゆったりめのソファ席が二カ所と奥はカウンター。お店の扉の前に立つと、黒猫が二匹迎えてくれた。飯沼さんは、彼らを招き猫のように思っているようだ。「ある時、一匹の黒猫がオープン前に入って来たんです。可愛らしいのでエサをあげていると、やがて二匹三匹と来るようになって...。このまっ黒な猫が来た日はなぜかお客様が沢山入ってくれるんですよ」。

黒猫に(いざな)われるかのように私は「ハーチュアル」に入った。店の設えや雰囲気、それに飯沼さんが醸し出すバーの空気が実に心地良い。多分、この店が家の近くにあったら通いつめるのではないか。そしてわかりにくさに私も特別感を持つはずだ。飯沼さんは、このバーをオープンするにあたって‟男の勝利の方程式"を具現化させたいと思ったそうだ。男は常にデートの前にどこの店へ行って何を食べてと考える。そしてその通りにデートを遂行する。それで成功すれば、自らが作ったルートと演出がよかったのだと考えるのだ。「そのルートの中のひとつにこのバーを加えてもらいたい」と飯沼さんは考え、それに見合うようなバーを作ろうとしている。看板もないからスタート時は流石(さすが)に少なかった顧客も次第に増えて常連も多くなった。店の紹介者は意外にも西麻布の飲食店。店主やサービススタッフ、シェフまでが「二軒目には『ハーチュアル』がいいですよ」と薦めてくれるらしい。たまに辿り着けないという例もあるが、わかった時の喜びはさらに増す。それを飯沼さんは「ロールプレイングゲームみたいでしょ」と比喩する。その心は「ロールプレイングって進めていくうちに必ずつまずきます。何かを見つけたいが、見つからない。でも見つけた時は嬉しくって他人(ひと)に言いたくなる」というもの。飯沼さんの言うロールプレイング的要素も加わりながら周辺の飲食店からの紹介が多くなっている。そして「ハーチュアル」に行った人は口を揃えて「いいバーに巡り合えたよ」と紹介してくれた店の人に礼を言うそうだ。相乗効果が加わり、西麻布の店が賑わえばそれにこしたことはない。そんな話を一見の私に飯沼さんはしてくれた。

メーカーズマークをシェカラートで

ところで私は「ハーチュアル」に入って「メーカーズマーク」を注文した。同酒はクセのない飲みやすいバーボン。なめらかで、ふっくらとした甘みと香ばしさがある。それを飯沼さんは、シェカラートにしてくれるという。シェカラートとは、酒と水を半分量ずつ入れてシェイクすることを指す。「カンパリ」を使うことからできた言葉だそうで、濃厚なものが泡立つことでふんわりする効果がある。飯沼さんは今回、その技法をウイスキーに用い、酒と水を1:1でシェイクするのだ。

まずシェイカーに「メーカーズマーク」とミネラルウォーターを45mlずつ注ぎ、小さめの氷を6個ほど入れる。それが入ってシェイカーの中に1/4の高さが残るぐらいがいいようだ。「カクテルによって氷の入り方は変えています。今、シェイカーにはウイスキーと水、氷、そして空気(空間)が入っていることになります。空間の幅が大きいとそれだけ気泡ができやすいんです。空間が大きいと氷が砕けて水っぽくなるものですが、そうならないように激しくシェイクするんですよ」。確かに飯沼さんのシェイクの動きは、細かく激しい。シェイカーの中の氷の回転をイメージしてスナップを効かせている。砕くことなく空気と液体に気泡を加えることで水っぽくならないのだと教えてくれた。

グラスに注がれた「メーカーズマーク」のシェカラートは、表面に泡が立ち、色鮮やか。ウイスキーは、が45ml入って1:1で割っているにも関わらず濃い印象はない。「普通水割りは、ウイスキーを3倍ぐらいに薄めているんですが、これはハーフ。数字的に見ると、濃いはずなんですが、気泡を含んでいるから軽く、まろやかに感じるはずですよ」。

飯沼さんは、この一杯を‟危ないカクテル"と表現する。ウイスキーと水がハーフなのにそう感じず、グイグイ飲めるからだろう。思った以上に気持ちよく酔えそうだ。

飯沼さんのシェイクの技術を見るにつけ、かなりの練習量が窺える。聞くと、銀座のバーはカクテルがよく通るので、かなり作ったのだとか。ただ、修業時代は、師匠も厳しく、なかなか作らせてもらえない。そんな鬱憤を晴らすべく、飯沼さんは来る日も来る日もシェイカーの中に10円玉を入れて振ったそうだ。人は手の大きさも違えば、長さも柔らかさも異なる。そこで独自のシェイク技術を見出し、次第に10円玉の音を出さずに中で回せるまでになったという。「シェイキングは、中に入れたものを破壊して新しいものを作るためのもの。バラバラにして混ぜ合わせることで新しい何かが生まれるんです」というのが彼の理論。一方、ミキシンググラスで作るものは、両方の個性を引き立てて混ぜ合わせると師匠から教えられた。こんな論理を聞いていると、ただでさえ旨い酒がより美味しく思えてしまう。

飯沼さんの「メーカーズマーク」評は、赤が好きな人にとってはスタイリッシュに映るウイスキーとのこと。「バーボンは、クセがあってワイルドな印象が強いですが、これはそれらとは一線を画し、スタイリッシュな感じ。味のバランスがよく、クセがなくて飲みやすいですね。かといって単純にスムーズさだけではなく、バーボンの荒々しさも残っています」。シェカラートで気泡を作り、ウイスキー本来の味を呼び起こすことで甘みが出る。水を加え、ウイスキーを目覚めさせ、香りをふんわり出させるのだ。そんな狙いがシェカラートにはあるらしい。

ゆったりした空間で、存分に酒の味を愉しみ、また来たいと思いながら切り上げた。店名の「ハーチュアル」とは、飯沼さんが作った言葉で、心がこもったとか、魂をこめたを意味するそうだ。私も一杯飲りながらハーチュアルなカクテルと時間を堪能した。そして頃合いを見計らって、帰路につくことにした。扉を開けると、周辺にまだ黒猫が佇んでいる。「またのお越しを」と彼らが告げているようで、何となくおかしな気分になった。多分、彼らは招き猫なのだろう。そんな飯沼さんの言葉がふと頭を(かす)めた。

Bar Heartual(バー・ハーチュアル)

お店情報

住所東京都港区西麻布1-10-2西麻布10番館1階

TEL03-3479-2306

営業時間20:00~翌5:00(土曜日はお客様がいなくなり次第閉店)

定休日日祝日

メニュー
  • メーカーズマーク1400円
  • メーカーズマークのシェカラート1800円
  • 山崎(ノンエイジ)1500円
  • 白州(ノンエイジ)1500円
  • 知多1400円
  • ワイルドターキー1400円
  • ジントニック1200円
  • ギムレット1400円
  • フルーツを使ったカクテル1500円~
  • チャージ(黒トリュフ入りのコンソメスープが付く)1000円
※価格は全て税別
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