2016年02月23日
曽我和弘のBAR探訪記 「噂のバーと、気になる一杯」
酒を楽しみたい・・・。そう思ったとき、人はバーという止まり木を探す。そしてバーテンダーと話をしながら酒なる嗜好品を味わっていくのだ。そんな酒の文化を創り出してきたバーも千差万別。名物のカクテルで勝負している店もあれば、バーテンダーの人柄や店の雰囲気で人を集めているところもある。数ある名物バーを探し、今宵はコレを飲んでみたい。
港区・西麻布 Bar Heartual(バー・ハーチュアル)
時に飲食店を隠れ家として表現することがある。小さな店でわかりづらい場所にあるものを指すことが多く、それらの店は決まって常連で占められる。ただ本当にその店が隠れ家的要素を持っているかと問われれば大半はそうではなく、むしろ通う側の気持ちがそう語らせており、お気に入りの店を隠れ家であってほしいと願っているにすぎない。だから
西麻布1丁目にある「Bar Heartual(バー・ハーチュアル)」は、口で教えられても迷ってしまいそうなくらいだ。「ハーチュアル」がある場所は、六本木ヒルズから数分しかかからないのに通りを入ると住宅が目立つ。店と住宅が混然一体となっている地域なので看板が頼りとなるが、「ハーチュアル」にはその目印となる看板がない。細い通りのこれまた路地の突き当りにあり、路地を入るところには、地面に置かれた小さな小さな樽がバーが付近にあることを示しているだけだ。なので私の論理に当てはめても「ハーチュアル」は正真正銘の隠れ家なのだ。
同店を営むのは、バーテンダーの飯沼徹さん。銀座の「TOTI ni BAR(トチバー)」で修業を積み、若くして独立をした人だ。飯沼さんの師匠の田村さんは、かなり名の知れたバーテンダー。銀座8丁目にある「トチバー」も‟大人の隠れ家"と呼ばれており、地上には看板がない。そんな店で育ったから、看板をつけることは
但し、西麻布の街を徘徊し、この路地まで来たのなら、奥の灯りが目に入るので店があることはわかる。「ハーチュアル」は、大きな窓が特徴で、店前まで行くと感じのいいバーがあると理解できるはずだ。ゆったりめのソファ席が二カ所と奥はカウンター。お店の扉の前に立つと、黒猫が二匹迎えてくれた。飯沼さんは、彼らを招き猫のように思っているようだ。「ある時、一匹の黒猫がオープン前に入って来たんです。可愛らしいのでエサをあげていると、やがて二匹三匹と来るようになって...。このまっ黒な猫が来た日はなぜかお客様が沢山入ってくれるんですよ」。
黒猫に
ところで私は「ハーチュアル」に入って「メーカーズマーク」を注文した。同酒はクセのない飲みやすいバーボン。なめらかで、ふっくらとした甘みと香ばしさがある。それを飯沼さんは、シェカラートにしてくれるという。シェカラートとは、酒と水を半分量ずつ入れてシェイクすることを指す。「カンパリ」を使うことからできた言葉だそうで、濃厚なものが泡立つことでふんわりする効果がある。飯沼さんは今回、その技法をウイスキーに用い、酒と水を1:1でシェイクするのだ。
まずシェイカーに「メーカーズマーク」とミネラルウォーターを45mlずつ注ぎ、小さめの氷を6個ほど入れる。それが入ってシェイカーの中に1/4の高さが残るぐらいがいいようだ。「カクテルによって氷の入り方は変えています。今、シェイカーにはウイスキーと水、氷、そして空気(空間)が入っていることになります。空間の幅が大きいとそれだけ気泡ができやすいんです。空間が大きいと氷が砕けて水っぽくなるものですが、そうならないように激しくシェイクするんですよ」。確かに飯沼さんのシェイクの動きは、細かく激しい。シェイカーの中の氷の回転をイメージしてスナップを効かせている。砕くことなく空気と液体に気泡を加えることで水っぽくならないのだと教えてくれた。
グラスに注がれた「メーカーズマーク」のシェカラートは、表面に泡が立ち、色鮮やか。ウイスキーは、が45ml入って1:1で割っているにも関わらず濃い印象はない。「普通水割りは、ウイスキーを3倍ぐらいに薄めているんですが、これはハーフ。数字的に見ると、濃いはずなんですが、気泡を含んでいるから軽く、まろやかに感じるはずですよ」。
飯沼さんは、この一杯を‟危ないカクテル"と表現する。ウイスキーと水がハーフなのにそう感じず、グイグイ飲めるからだろう。思った以上に気持ちよく酔えそうだ。
飯沼さんのシェイクの技術を見るにつけ、かなりの練習量が窺える。聞くと、銀座のバーはカクテルがよく通るので、かなり作ったのだとか。ただ、修業時代は、師匠も厳しく、なかなか作らせてもらえない。そんな鬱憤を晴らすべく、飯沼さんは来る日も来る日もシェイカーの中に10円玉を入れて振ったそうだ。人は手の大きさも違えば、長さも柔らかさも異なる。そこで独自のシェイク技術を見出し、次第に10円玉の音を出さずに中で回せるまでになったという。「シェイキングは、中に入れたものを破壊して新しいものを作るためのもの。バラバラにして混ぜ合わせることで新しい何かが生まれるんです」というのが彼の理論。一方、ミキシンググラスで作るものは、両方の個性を引き立てて混ぜ合わせると師匠から教えられた。こんな論理を聞いていると、ただでさえ旨い酒がより美味しく思えてしまう。
飯沼さんの「メーカーズマーク」評は、赤が好きな人にとってはスタイリッシュに映るウイスキーとのこと。「バーボンは、クセがあってワイルドな印象が強いですが、これはそれらとは一線を画し、スタイリッシュな感じ。味のバランスがよく、クセがなくて飲みやすいですね。かといって単純にスムーズさだけではなく、バーボンの荒々しさも残っています」。シェカラートで気泡を作り、ウイスキー本来の味を呼び起こすことで甘みが出る。水を加え、ウイスキーを目覚めさせ、香りをふんわり出させるのだ。そんな狙いがシェカラートにはあるらしい。
ゆったりした空間で、存分に酒の味を愉しみ、また来たいと思いながら切り上げた。店名の「ハーチュアル」とは、飯沼さんが作った言葉で、心がこもったとか、魂をこめたを意味するそうだ。私も一杯飲りながらハーチュアルなカクテルと時間を堪能した。そして頃合いを見計らって、帰路につくことにした。扉を開けると、周辺にまだ黒猫が佇んでいる。「またのお越しを」と彼らが告げているようで、何となくおかしな気分になった。多分、彼らは招き猫なのだろう。そんな飯沼さんの言葉がふと頭を
住所東京都港区西麻布1-10-2西麻布10番館1階
TEL03-3479-2306
営業時間20:00~翌5:00(土曜日はお客様がいなくなり次第閉店)
定休日日祝日