2016年03月10日
曽我和弘のBAR探訪記 「噂のバーと、気になる一杯」
酒を楽しみたい・・・。そう思ったとき、人はバーという止まり木を探す。そしてバーテンダーと話をしながら酒なる嗜好品を味わっていくのだ。そんな酒の文化を創り出してきたバーも千差万別。名物のカクテルで勝負している店もあれば、バーテンダーの人柄や店の雰囲気で人を集めているところもある。数ある名物バーを探し、今宵はコレを飲んでみたい。
港区・西麻布 Bar High Tide(バー・ハイタイド)
今宵は西麻布で飲んでいる。都内で一仕事を終え、最終の新幹線までまだ少しあったので気になっていたバーに行くことにした。バーの名前は「Bar High Tide(バー・ハイタイド)」。西麻布の街に溶け込んだように存在するバーで、扉を開けてすぐに小上がりがあるという、バーには似つかわしくない造りの店だ。私は「バー・ハイタイド」がオープンするや否や、奥のカウンター席にどっかりと座り、「メーカーズマーク」のバーボンソーダを飲んでいるのだ。同酒は赤い封蝋で知られるおなじみのバーボンウイスキー。ケンタッキーの小さな蒸溜所で誕生した、唯一無二のハンドメイドバーボンとして世界的に人気を得ている。
「バー・ハイタイド」のマスター・谷川雄一さんは、この酒をハウスウイスキーに定めており、自身も「スムーズさと香りが気に入っているのだ」と話すほど。かつてこのバーでは、違うウイスキーをハウスものにしていたようだが、サントリーの営業担当者に「メーカーズマークを飲んでくださいよ」と薦められてからはこれに変更したのだという。当然ながら谷川さんもそれ以前からこの酒を味わっていた。以前は50度以上の力強いバーボンを使っていたが、なぜか薦められた時に「スムーズさが確かにある」と魅力を再認識したそうだ。「タイミングなんでしょうね。その時に飲んだら凄く旨く思ったんですよ。『ブッカーズ』のような強さは全く感じられませんが、逆にそれが魅力かも。以来、うちではお客様がバーボンソーダと注文すれば、『メーカーズマーク』が出て来るようになりました」と話している。
私は谷川さんが言うようにバーボンソーダを注文したところ、彼は赤いボトル(メーカーズマーク)を取り出し作ってくれた。グラスに角柱の氷を2個入れ、なじませるように長めのステアを試みる。「メーカーズマーク」を40ml注いだ後、少しステアして炭酸をその2.5倍ぐらい入れるのだ。その後軽くステアし、「メーカーズマーク」のバーボンソーダができあがる。
使用する氷は角柱で、けばだたないようにきれいに削いでいる。谷川さんは見た目も重要とするタイプらしく、霜も多少取ってきれいな角柱にするのが彼のバーテンダーしての美学のようだ。ウイスキーは冷蔵保存派。常温のものをステアすると、水っぽくなるのでそうするのだそう。さりとて冷凍してしまうと硬い印象になる。冷蔵したものに炭酸を加える方が合っているというのがバーボンソーダの谷川理論である。
カウンター席に座り、谷川さんと酒の話をしていると楽しい。彼が、「バーボントニックを作る時、濃いめの量にするといい」と教えてくれた。その真理は、通常の量だとトニックウォーターが勝ってしまうからだそうだ。濃くすることで「メーカーズマーク」が主張し始める。この微妙な加減が美味しく味わうためには必要なのだという。「メーカーズマークをトニックで割ると、ブランデーのような華やかさが生れるんです。そんな点も気に入っている理由の一つですかね」。
谷川さんは鹿児島の出身である。音楽の仕事をしたくて上京してきた。専門学校で学ぶうちに暮らしていくために働こうと思ったらしい。そこで歌舞伎町のバーでアルバイトをし始めるのだが、その店に入った理由がプログレがかかっていて面白そうだと思ったからである。「生きるためにバーテンダーになった」と冗談めかして話すが、バーで働いているうちに次第に酒の世界の奥深さに興味を持ったのだろうと推測する。2年間歌舞伎町の店で勤め、西麻布の「マイル・エンド・バー」に移った。ここで師と仰ぐ田部さんに出会ってその道を深めていく。「田部師は有名なバーテンダーで、インドに瞑想に出かけるという人。ただ仕事には厳しく、『西麻布のお客様は、田舎者ではないんだ。洗練されたカクテルを作らないと納得してもらえない』と教えられました。まさに田部師が言うようにレベルの高いものを提供しないと、この辺りの店に来る人は相手にしてくれません」と語っていた。
谷川さんは「マイル・エンド・バー」で3年勤め、24歳で独立を果たした。縁があって「バー・ハイタイド」という物件に出合い、店名を引き継ぐような形でオープンさせた。だから内装は以前の人がやっていた時と同じ。なぜバーなのに小上がりがあるのかは谷川さんもわからないそうだ。本来なら谷川さんが店を買い取った時点で店名も変えるのだろうが、「別に変える必要はない」とそのまま続けている。そんな大らかさもこのバーの中には宿っている。だから落ち着くのかもしれない。
小上がりのある不思議さについてもう少し触れておこう。入口を入った右手に位置する小上がりは和の設えで、テーブルもない。低く位置した木の切り株がテーブル代わりで、そこにグラスを置いて一杯飲る。バーと聞かなければ和食店と見紛いそうなスペースなのだ。谷川さんは「家呑みの感覚で使ってほしい」と言っている。でもその感覚が強すぎる人もいて、寝てしまうこともあるそうだ。それほどこのスペースはリラックスできるのだろう。「この辺りは外国人のお客様も多く、彼らは日本らしいこのスペースを気に入って来てくれます」。カウンター以外は完全リラックス仕様―、これが「バー・ハイタイド」の個性である。
「バー・ハイタイド」には、もう一つ風変わりなものがある。それは谷川さんが作る「麻婆豆腐」。以前谷川さんが勤めていた「マイル・エンド・バー」でも予約制で作っていたそうだが、「バー・ハイタイド」のはそれとは味が異なる。谷川さんは
バーで麻婆豆腐とは意外かもしれないが、実は四川料理とバーボンウイスキーは相性がいいのである。以前、取材した某料理研究家が熱くその関係を語っていた。流石に中華料理店にはバーボンがないのでなかなか試せないが、本当だろうかと思った人は、ぜひとも「バー・ハイタイド」で確かめてほしい。谷川さんも「メーカーズマーク」はクセがないので合わせやすいと薦めるが、私も同意見だ。もし四川料理店の店主がこのコラムを読んだら、「メーカーズマーク」を店に置くことをお薦めしたい。
麻婆豆腐の
住所東京都港区西麻布1-10-14 アビターレ霞町1F
TEL03-5785-3684
営業時間19:00~翌5:00
定休日日曜/年末年始休業