2016年04月19日
曽我和弘のBAR探訪記 「噂のバーと、気になる一杯」
酒を楽しみたい・・・。そう思ったとき、人はバーという止まり木を探す。そしてバーテンダーと話をしながら酒なる嗜好品を味わっていくのだ。そんな酒の文化を創り出してきたバーも千差万別。名物のカクテルで勝負している店もあれば、バーテンダーの人柄や店の雰囲気で人を集めているところもある。数ある名物バーを探し、今宵はコレを飲んでみたい。
大田区・池上 Blue Room IKEGAMI(ブルールーム イケガミ)
蒲田から東急池上線に乗って池上駅に降り立った。私としては初めての地である。「池上線」というと、'70年代に同名の曲が流行った。本来は池上本門寺の印象が強いはずなのに、私としてはその曲のイメージがついて離れないのだ。曲のことを調べてみると、池上駅が舞台ではなく、東急池上線のどこからしいが、とりあえず私はその興味もあって池上に降り立ったわけだ。
前述したようにこの町は、池上本門寺の門前町として成り立った歴史がある。同寺は日蓮が亡くなった場所に建っている。弘安5年(1282年)、日蓮は身延山に別れを告げ、病気療養のために常陸へ旅立った。その途中、武蔵国池上で具合が悪くなり、郷主・池上宗仲公の館でその人生を終えている。そんな縁もあって池上宗仲公は、7万坪の土地を寄進。そこに寺の礎を築いたのが池上本門寺の始まりだ。この寺は、日蓮聖人入滅の霊場として700年余り法灯を護るとともに布教活動を行っている。町の人に聞くと、全国から日蓮宗の若い僧侶が住み込む形で修業に来ているのだとか。10月11日~13日の3日間は、お会式法要が行われ、30万人以上の参詣者で賑わうという。まさに現代にあっても門前町のスタイルが続いているということであろう。
池上に降り立った目的はそれくらいにして、肝心のバーの話をしよう。池上といえば、駅から少し歩いた所にあるのが「Blue Room IKEGAMI(ブルールーム イケガミ)」。ここは魅力的なバーとして池上では評判のようだ。木の造りと暖簾の掛かった様はバーとは思えないが、これがこの地に何となく合っており、風情がある。店内は1階がカウンターで7席、2階はテーブル1つだけと小ぶりな店舗だが、とある酒を5年続けて日本で一番売ったというから驚く。「白州」の初期のパイロットバーとしても選ばれており、知る人ぞ知る店なのだ。
このバーを営むのが神弘さん。馬車馬のようにサラリーマン時代を過ごし、身体をこわした関係で、その後の人生を見つめ直した時にバーテンダーとして生きることも視野に入れたという変わり種。実は神さんは、かなりの実業家で広告制作の事務所を持ち、日本橋で花屋もやっている。昼は「ブルールーム イケガミ」の近くにある事務所で広告の仕事をし、夜にこの店のカウンターに立っているのだ。バーテンダーといっても修業した店があるわけではなく、師匠がいるわけでもない。全て独学で今に至っている。「もともと飲むのが好きで、バーに出入りしているうちに自分の理想型の店を持ちたいと思って始めたんです」と語っている。強いていえば、銀座1丁目の「STAR BAR Ginza」の岸さんが手本で、彼の所作を参考にしながらやっていると話す。
神さんは、池上の町の料飲組合・副会長を務めている。少しでも町に貢献したいというのが組合に注力している理由で、そのおかげで池上本門寺のイベントに参加することも多いという。私が行ったのは早春であったが、まもなく開かれる春祭りフェスティバルで境内に「ブルールーム イケガミ」も出店するのだと話していた。「この辺りには12の商店街があるんですが、そこから1店舗ずつが出店することになっているんです。昨年は『白州』のハイボールが400杯も出たんですよ。」。このように寺院と町とが一体になって催しをやるのは珍しい。これが門前町の良さであり、成せる技なのだと感心した。神さんの話では、売上は東北の被災地に寄付するのだとか。陸前高田の市長からの礼状を見せてもらったが、本当に頭が下がる。こうして聞くと、このバーが池上にはなくてはならない存在となっているのがわかる。
そんな門前町特有の話をしながら私は何を飲んでいるかというと、「スキャパ スキレン」のハイボールだ。この酒は、スコットランド最北部・オークニー諸島にある蒸溜所で造られたシングルモルトウイスキーで、今年の2月に発売されたもの。ファーストフィル(空き樽)のバーボン樽で熟成された原酒を100%使用しており、華やかな香りとなめらかな味わいがある。
「ブルールーム イケガミ」の棚でそれを見つけたので注文したところ、神さんは「ハイボールはいかがですか」と薦めてくれた。まず角氷を2つグラスに入れ、水を注ぎステアする。氷に付いた霜を落とすのと、グラスを冷やすのが目的で、当然ながらその水は捨てる。次に「スキャパ スキレン」を30ml入れ、4℃以下になるようにステア。こうすることでふんわりと香りが立つようにしている。最後に炭酸を120ml注いで、さらにステアする。「炭酸が入った時点で3℃以下になっています。普通、ステアはしないものなんですが、私の論理では3℃以下になったらステアしても炭酸が抜けないはずなんです。湿度によっても変わってしまうのでその都度計ってステアする回数を変えているんですよ」と神さんは言う。神さんは1杯を10~15分かけて飲むと踏んでいる。だから1杯目は炭酸が120mlほど。この量だと喉越しよく飲みやすいと感じるので、1杯目の目安に想定しているようだ。そのためその人の注文時によってその量は変化していく。
「スキャパ スキレンには、オークニー諸島の早春のイメージがあるんです。ボトルデザインもそうですが、青い空と海_。そんな雰囲気を醸し出しています」と神さんは同酒の印象を語ってくれた。このバーに来て1杯目の酒だったのと、「スキャパ スキレン」を私が指したものだから、その特徴がよく出るようにと神さんはハイボールを作ってくれたのだ。加えて神さんは「スキャパの14年や16年も置いていますが、厚みのあるそれらに比べて、このウイスキーは若い原酒を感じてしまうほど優しい味わいです。それに爽快感をつけたくてハイボールを薦めました」と話していた。
「ブルールーム イケガミ」は、ハーフから飲めるようにしている。同じ酒を出し方を変えたり、徐々に年数の高いものへと導き、味の違いを確めたりするにはいいシステムである。この出し方の妙を私も試したくなってしまった。だから2杯目は「グレンフィディック18年」にすることにした。
それを神さんに告げると「ストレートで1~2滴加水すると旨い」と教えてくれた。グラスに同酒を注ぎ、バースプーンを使って水を垂らす。するとどうだろう、いつもの「グレンフィディック」が甘みや柔らかさを帯びたのだ。「この手法は、サントリーの
ここで「ブルールーム イケガミ」の出し方の妙を体験するために、「グレンフィディック18年」のストレートをハーフで出してもらうことにした。加水したものと飲み比べると、神さんの言っていることがよくわかる。「トワイスアップでもいいですが、それより1~2滴加えた方がウイスキーの開き方が実感できると思いますよ」。
「スキャパ スキレン」のハイボールの作り方といい、「グレンフィディック18年」に1~2滴加水するやり方といい、神さんはかなりの理論派。バーテンダー経験もなく始めたというわりには、美味しく飲める論理を沢山持っている。聞くと、「良いものは取り入れる主義で、自身が飲んで覚えてきた」と言っている。酒が好きで、昔からバーなどに出入りし、バーテンダーと話すうちに独自の論理が構築されたのだと思われる。
「この町の警察署がドラマの舞台になったぐらいですが、実は池上は治安が良い町なんです。門前町の特性からか、昔の日本の良さが残っており、静かで住みやすいんですよ」。こう話しながら私の持つ池上のイメージに合致するような解説が加わっていく。池上本門寺には多くの修行僧が寝食し、彼らは時折り先輩に連れられてこのバーへやって来るのだという。その僧侶達しかり、この町に住む独身者しかり、町自体が酒の楽しみ方を教えているのだと思った。
Blue Room IKEGAMI(ブルールーム イケガミ)
住所東京都大田区池上4-31-1
TEL03-5747-0090
営業時間17:30~24:00
定休日日祝日