曽我和弘のBAR探訪記 「噂のバーと、気になる一杯」 ~松濤倶楽部~

曽我和弘のBAR探訪記 「噂のバーと、気になる一杯」

酒を楽しみたい・・・。そう思ったとき、人はバーという止まり木を探す。そしてバーテンダーと話をしながら酒なる嗜好品を味わっていくのだ。そんな酒の文化を創り出してきたバーも千差万別。名物のカクテルで勝負している店もあれば、バーテンダーの人柄や店の雰囲気で人を集めているところもある。数ある名物バーを探し、今宵はコレを飲んでみたい。

"大人"という言葉が似合うバー

渋谷区・宇田川 松濤倶楽部

大人の社交場で「スキャパ スキレン」をハイボールに

渋谷・宇田川町の「松濤倶楽部」で飲んできた。このバーは、1990年にオープンしたオーセンティックバー。JR渋谷駅から10分ぐらいと少々離れた所にあるが、評判もよく、一度行ってみたかった店である。この辺りまで来るとビル名やら店名やらにやたらと"松濤"という文字が目立つ。本来、松濤とは松の梢を渡る風の音を波にたとえたもの。どうやら江戸時代にはこの付近に紀州藩の下屋敷があり、それを明治期に鍋島家に払い下げたことに起因しているようだ。鍋島家はその地で狭山茶を栽培。茶の湯の釜のたぎる音を松風と潮騒にたとえ、松濤園(茶園)にしたとの話。昭和3年頃には、松濤の地名がついている。このバーも宇田川界隈にあるので"松濤"の名を冠したのであろう。

眞砂ビル地下にある「松濤倶楽部」へ行くと、扉の所に"会員制"の文字が目に入る。こう掲出すると、会員にならなくては入店できないように思えるが、さにあらず。バーの品格を守るために掲出しているとのことで、バーという空間での過ごし方を知っていれば一見客でも入ることが可能。「松濤倶楽部」は、大人の遊び場としてマナーを守れる人なら歓迎するとしている。

このバーは、児玉亮治さんが営んでおり、「MONDE BAR(モンド バー)」のスタイルを踏襲しながら渋谷の地に一流の社交場として作り上げたものである。現在、5代目の店長・益子崇さんらがカウンターに立っている。益子さんは21歳でバーテンダーを志し、児玉さんに師事した。店長になってまもなく一年になるが、「歴史があって難しさもあるこのバーで店を任せてもらい、やりがいがある」と話していた。益子さんに「松濤倶楽部」25周年の時に作ったという会員証を見せてもらった。そのカードの裏にはこの店を楽しむ10カ条が書かれている。①お互いに来づらくなるようなことは控える②その日その一杯をお互い大切にアハハと飲む③何を飲むかより、誰と飲むかである(勿論自分とでもかまわない)④年に一度はマティーニを飲む⑤あなたが批判しているその酒を隣で飲んでいるかもしれない⑥カウンターのボトルに勝手にさわらない⑦お帰りになった方をバーテンダーに聞かない⑧必要以上に手を叩いて笑わない⑨カウンターになるべく物を置かない⑩バーテンと呼ぶと傷つく人がいるのを知っている。この10カ条を読んで納得することしきり。このバーは、10カ条を守ることができる人に来てほしいと願っているのだ。そのためあえて会員制と表示している。

木の趣が伝わり、いかにもオーセンティックバーらしい「松濤倶楽部」で、私は「スキャパ スキレン」を飲むことにした。益子さんに「どんな飲み方がいいですか」と尋ねると、すかさず「ハイボールはどうでしょう」と返って来た。「松濤倶楽部」では、1ジガーで売っている。グラスに氷を三つ入れ、ステアして冷やしたら「スキャパ スキレン」45mlを注ぐ。この時、ステアする回数は決まっておらず、その都度グラス内を見ながら行うのだ。ウイスキーと炭酸の比率は1:2。炭酸90mlほどを注ぎ入れると、差し込むぐらいに軽くステアして提供してくれる。「うちはレシピが決まっておらず、同じ一杯でも違うんですよ。その加減も味のうちです」と言うように、機械工程にはできない人の技を折り込むかのように作っている。つまり、客の嗜好や飲む状況に合わせてモノが変わってくるのは自然の摂理だとばかりに、一杯を丹精込めて作るのである。

益子さんの作った「スキャパ スキレン」のハイボールは、さらりと喉を通っていく。「スキレン」と名づけられたように、明るい空がイメージできそうな爽やかな味わいを持っている。ピートで焚いていないのに塩気があり、ハイボールにすると余計にその特徴が目立つように思える。その点を益子さんに振ってみると、「ハイボールにした方がその個性が出やすいんです」と教えてくれた。益子さんは「スキャパ」がモデルチェンジしてどうなるのだろうと興味津々で発売を待ったらしい。初めて口にした時に、ピートを焚いていないにも関わらず塩気を感じたのが印象的だったと言っていた。「これまでのものは透明感があってきれいな味わい。ところが『スキレン』は幅広い原酒を使ったせいか、厚みが出て現地のイメージが強くなりました」と語っている。

スキャパ蒸溜所では、西へ2マイルほど行ったオークイルの平地にある三つの泉の水(硬水)を使用し、独特な形状のローモンド型ポットスチルでじっくり蒸溜するという、昔ながらの製法を守っている。そのため益子さんのいう塩気が余計に出ているのかもしれない。益子さんは「そのあたりを意識して変えて来たのでは...」と語っており、蒸溜所の狙いもあながち間違っていないだろう。

ソーダ割りと水割りでは印象が異なる

若い原酒の個性を感じながら益子さんのウイスキー論に耳を傾ける。実は益子さんは、個人的に水割りが好きなのだとか。「スキャパ スキレン」を水で割ると、ウイスキーが開き、甘さが際立つのだという。試しに私もそれを「松濤倶楽部」で試してみたが、彼の言う通り、ハイボールは塩気を感じたのに、なぜか水割りは甘みが印象として残った。同じ酒でも割るものでかくも違うのかと、ウイスキーの奥深さをまざまざと見せつけられたようだ。そして益子さんは「水割りは甘く感じますが、口の中で探していくと奥に塩気が隠れているでしょ」と言う。そう思って水割りを口に含むと、確かにそう。やはり個性は生きていたのだ。

「松濤倶楽部」には酒を知っている顧客が集う。バーテンダーを信用しているのだろう、お任せが多いという。顧客のイメージを聞き、どんなものを出すと気に入ってもらえるかと考えながら提供する。ハイボールでも、先程は氷と合わさった時にステアしたが、それを嫌う人には直接炭酸を注ぎ込むこともある。人は温度によって印象を変える。ビールでもキンキンに冷やしたものと、常温では味が異なると感じるようにだ。当然ながら常温の方が香りの要素も高くなる。やはりオススメはストレート。これを飲んでウイスキー自体の味を知り、水を加えて変化を見る。例えば水一滴だけ加えるだけでウイスキーが柔らかくなり、開いて香りが立つ。ちょっとしたことで変化していくのだ。そんな奥深さやシーンごとの変化に、あえて決まったレシピを作る必要はないのかもしれない。

「松濤倶楽部」は、40~50代の人が主客層で、バーのことを熟知している人がほとんどである。カウンターは12席、それに大中小とテーブルが三つ配されている。'90年代にできたバーらしく、ゴージャスな雰囲気を持ち、木が造る贅沢感が漂っている。

益子さんは、21歳の時に「松濤倶楽部」の門を叩いたと書いた。ドラマの影響もあってバーテンダーという仕事が格好よく映ったそうだ。それに同世代の若者より早く大人になりたいとの思いもあって雑誌に載っていたバーへ行き、その意志を告げたのがこの道に入ったきっかけだった。そのバーのマスターが紹介してくれたおかげで「松濤倶楽部」に入ることができた。初めてバーテンダーになった時、自分の未熟さに肩を落としたという。それでも「松濤倶楽部」で学ぶうちに技術もアップし、店長まで昇りつめている。

バーテンダーになる前、お父さんが「コレが旨いから」とハイボールを作ってくれた。「こんな旨いものがあるのか」と思ったのが益子さんの遠い昔の印象。「それがあったからバーテンダーを志したのかも...」と振り返る。その時飲んだのが「グレンフィディック」。1887年に誕生し、世界で最も親しまれているシングルモルトと称される。これが現代におけるシングルモルトウイスキーという分野を作ったとも伝えられるものだ。良いものに出合ったことで道は開ける。益子さんの人生もそうだが、「松濤倶楽部」に来る人達もまたそうだろう。いい店がいいバーテンダーを作り、いいバーテンダーがいい客を作る。そしていい客がいい店を作るのだ。この輪廻にも似た考えが「松濤倶楽部」の根っこにはある。だから日々酒好きが集まっている。

松濤倶楽部

お店情報

住所東京都渋谷区宇田川町37-12 眞砂ビルB1

TEL03-3465-1932

営業時間平日18:00~翌2:00 土日祝日17:00~24:00

定休日年末年始

メニュー
  • スキャパ スキレン1500円
  • グレンフィディック12年1500円
  • メーカーズマーク1000円
  • 知多1500円
  • 山崎12年1800円
  • ジントニック1000円
  • ギムレット1200円
  • マティーニ1500円
  • チャージ1000円
※価格は全て税別
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