2016年10月19日
曽我和弘のBAR探訪記 「噂のバーと、気になる一杯」
酒を楽しみたい・・・。そう思ったとき、人はバーという止まり木を探す。そしてバーテンダーと話をしながら酒なる嗜好品を味わっていくのだ。そんな酒の文化を創り出してきたバーも千差万別。名物のカクテルで勝負している店もあれば、バーテンダーの人柄や店の雰囲気で人を集めているところもある。数ある名物バーを探し、今宵はコレを飲んでみたい。
神戸・有馬温泉 バー・ニュールンベルグ&バー・ポッソドウロ
有馬温泉の外湯「金の湯」。この日帰り温泉前にあるバール「バー・ニュールンベルグ」で一杯飲るのが当たり前の行動のようになっている。同店は、有名老舗旅館「御所坊」の経営で、有馬には珍しいオープンエアのバールである。「御所坊」の主人・金井啓修さんがこの場所に「有馬玩具博物館」を設けた時に、1階に立ち呑みスタイルのバールを造った。名前を「バー・ニュールンベルグ」としたのは、ドイツの玩具メッセに起因している。金井啓修社長の次男・庸泰さんによれば、「ドイツ・ニュールンベルグでは、2月に玩具のメッセが開かれ、訪れた人は決まって街でソーセージをアテにビールを飲むんです」とのこと。金井社長も玩具博物館を有馬に造るにあたって同じような光景を作りたくて、「有馬玩具博物館」の1階に「ニュールンベルグ」なる名前のバールを設けたのだ。
ここの名物は、オリジナルで造っている「ニュールンベルガーソーセージ」。本場ドイツの味を再現しようと造ったオリジナルで、ハーブとスパイスが利いたソーセージである。旅館が多い有馬温泉にあって、近年は日帰り客を受け入れる施設も多くなり、「金の湯」に浸ったり、六甲山に登ったりした後は、「バー・ニュールンベルグ」でビールやウイスキーを飲む姿が目立っている。そんな人は、お決まりのようにこのバールのスタンドやテーブル席で一日の終わりを満喫するのだ。同店のマスター・絵柳浩二さんも「一日中、ここは賑わっています。昼は昼なりに、夕方からはその時間なりの楽しみ方があるんですよ」と話している。私もその一人かもしれない。有馬温泉には、月に最低一回は仕事で訪れる。「御所坊」の金井さん親子や河上和成 総料理長などと仕事の打ち合わせをした後は、ここで一杯飲って帰るのだ。
この「バー・ニュールンベルグ」に今秋から加わったものがある。「ニュールンベルガーソーセージのハーブ燻製」がそれで、これが「白州」のハイボールに実に合う。燻製とウイスキーがマッチするのは誰もが知っている。だが、私がこうまで推すのは、この燻製が「白州」のチップで燻してあるからだ。
9月2日から12月10日まで「御所坊」内の「バー・ポッソドウロ」と、この「バー・ニュールンベルグ」では"有馬の夜会"なる企画が催されている。「人の回遊しない温泉地は衰退する」とばかりに、金井啓修さん等、有馬温泉の旅館経営者達が"泊食分離"を掲げた。つまり宿泊客を一つの旅館で独占するのではなく、温泉街の施設に立ち寄らせたりすることで街自体を活気づけようと考えたわけだ。その一つが「有馬玩具博物館」であり、「バー・ニュールンベルグ」もそのうちなのだが、次第に成果も出ており、有馬温泉では以前より多くの人が闊歩するようになった。今回の"有馬の夜会"は、さらにそれを強調したもので、有馬ならではのバーの楽しみ方を提案することで、温泉街の夜を活性化しようという目論見だ。
かつて有馬には、「トアロードデリカテッセン」の工房があって、そこで天皇家御用達のスモークサーモンなど燻製商品が造られていた。残念ながら今はなくなってしまったが、その上質スモークを再びとばかりに「御所坊」で色々なものにチャレンジしてうまくメニューに繋げようと考えている。今回の"有馬の夜会"は、燻製とウイスキーのマリアージュがテーマ。有馬らしい燻製を生み出すために、燻製の達人を招き、「御所坊」の厨房スタッフにレクチャーしてもらった。その代表格がバールで出している「ニュールンベルガーソーセージのハーブ燻製」である。
これを提案した燻製の達人によれば、「白州のチップとローズマリーで燻すことで、このソーセージの特性に、より燻製香がプラスされ旨くなる」との話。金井庸泰さんや絵柳さんも「燻すことで、炒めたニュールンベルガーソーセージと違った味わいが楽しめます」と言っている。これに「白州」のハイボールが合わないわけはないのだ。
普段ならこのバールで立ち呑みを楽しみ、帰路に着くのだが、今日はまだこれからバータイムがある。"有馬の夜会"では、宿泊客以外にも温泉街の夜を楽しんでもらいたいと企画したと書いた。これが旅館内で実践できるのが「御所坊」内にあるバーなのだ。
有馬にはホテルや旅館が沢山あるので、当然バーも多い。ただ、それらのほとんどは宿泊客向け。バーが館内にあるため、外から「ちょっと一杯」はやりにくい。幸い「御所坊」は、川沿いの道側にも「バー・ポッソドウロ」への扉があり、宿泊客でなくても利用が可能。だからこのバーは、浴衣姿(御所坊の宿泊客)と一般客が融合できる珍しい形態なのである。
ここで「御所坊」について少しばかり触れておく。この宿ができたのは1191年というから平安時代のことである(今は1192年が鎌倉幕府ができた年といわれていないので鎌倉時代ともいえるかもしれない)。当時は「湯口屋」と呼ばれていたらしいが、足利義満(室町幕府三代目将軍)が宿泊してから"御所"の名が冠されるようになった。金井啓修さんに聞くと歴史上の人物が数多く泊まっていることがわかる。蓮如もそうだし、近年では作家・吉川英治もそう。谷崎潤一郎も常連客だったようで、氏は小説「猫と庄造と二人のをんな」の中で「御所坊」を登場させている。
15代目陶泉主を務める金井啓修さんは、なかなかの人物。今の有馬温泉活性化を成功させたとして小泉首相時代に"日本の観光カリスマ"に選ばれている。こんなアイデアマンと仕事をするのは、常に刺激的だ。その子息の庸泰さんも同様で、いつも新しいことをやろうとしているから面白い。"有馬の夜会"もその一つで、本企画は金井庸泰さんが先導して行っている。
立ち呑みのバールとは打って変わって「バー・ポッソドウロ」は老舗旅館にあるだけに大人のムードが漂う。黒を基調とした店内は重厚感があってオシャレ。ひとりカウンター席に陣取りちびちび飲るだけで、私なんかでも風景の一部に収まってしまう。
このバーを担当するのは、建部圭紀さん。かつてソムリエとして名を馳せ、自身でも北新地と御影に店を持っていた人物だ。「センチュリークラブ」(会員制レストラン)の湊本雅和さんの下でワインを勉強し、その後「ポンテベッキオ」や「北野ホテル」で働いた。独立して二軒の店を持つに至ったが、ある時体調を崩し、店を締めざるをえなくなった。療養して再び働き始めたのが今年の1月で、彼の復帰ステージとして用意されたのが「御所坊」内の「バー・ポッソドウロ」や「閑」(食事処)である。
同バーでは、これまで幾度となく、スタイルを変えてきた歴史がある。地酒ブームを先取って吟醸酒バーにしたこともあったし、担当者がソムリエの資格を有していたことからワインに注力した時代もあった。運営はずっと行っているものの、このステージに相応しい人が見つからず、悶々としていたのも事実である。そこに「神戸酒心館」で酒ソムリエとして活躍する湊本さんが彼を紹介した。これで「バー・ポッソドウロ」の路線がはっきり見えたのだ。
ソムリエの建部さんがやるのだからワインだろうと思うのは素人考え。どうやら彼はワインよりもウイスキーがこのバーに合っていると思ったようだ。「旅館なので部屋で食事をする人も多く、当然ながらワインや日本酒はその時に楽しみます。だからここではウイスキーが合うのだろうと考えているんですよ」。同バーには、ウイスキーの他に吟醸酒やワインもある。利用客は自分の嗜好で選べばいいのだが、それでもウイスキーやブランデーは人気があり、殊にアイラ系のシングルモルトの注文が多いという。
21時30分のオープンを待ち、「バー・ポッソドウロ」に入った私は、建部さんの薦めるままに「知多」のハイボールを楽しんだ。同酒は、サントリー知多蒸溜所で造られるグレーンウイスキー。以前はブレンデッドウイスキーのみに使われていたそうだが、昨年新たなブランドとしてサントリーが市場に投入した。楽しみ方としては、やはりハイボール。確かな熟成感を残しながらも風のように軽やかなことから"風香るハイボール"と言うらしい。
建部さんのオススメ「知多」のハイボールを飲みながら燻製との合わせ方について話をした。目の前には「バー・ポッソドウロ」の付き出しが出ている。ちなみにこの日は、自家製燻製ハムと燻製ハニーナッツ。後者は"有馬の夜会"に際して燻製の達人が提案したもので、スモークした蜂蜜に、塩をしてスモークしたナッツを漬け込んだ一品である。「御所坊」では"有馬の夜会"用に9つの燻製商品を用意した。一つは前述した「ニュールンベルガーソーセージのハーブ燻製」で、あとは「はちみつ味噌鶏の燻製」「ハッセルバックポテトの燻製」「山椒チーズの燻製」「厚切りポテトチップスの燻製」「はちみつ山椒ベーコンの燻製」「ちりめん山椒の燻製」「汐湯玉の燻製」、そして目の前にある「燻製ハニーナッツ」のラインナップ。全てを出すのは無理なので、その日ごとに選んで付き出しなどで使うようにしているそうだ。
こんないいスモークメニューがあるなら、やっぱりここはスモーキーな酒を欲したい。そう思って「知多」の後は、「ラフロイグ10年」のハイボールにすることにした。注文を告げると、建部さんは「この酒はアイラ特有のスモーキーフレーバーを持つもので、好きになったら病みつきになりますものね」と言いながら作り始めた。まずグラスに氷を入れ、ステアをしてなじませたら「ラフロイグ10年」を45ml注いで再びステアする。ソーダは約90ml、それを注いでほんの少しステアして提供する。「私個人としては『ラフロイグ』ならロックか、トワイスアップが好きなんですが...」。そう言いながら通好みの一杯を出してくれた。
「知多」のハイボールが爽やかでほのかな甘さが特徴なら、こちらはピート香の利いたもの。爽快なピートや磯の香りが出て個性的だ。クセは強いが、ソーダで割ることで飲みやすさがアップしたように感じる。
自家製燻製ハムといっしょに飲ると実にいい。建部さんは「肉の脂と燻製香は合うんですよ。ハイボールにすることで飲みやすさが増し、何杯でもいけそうでしょ」と解説するが、まさにその通りだと思ってしまう。
「うちではアイラ系がよく出るって話したでしょ。それをオーダーすると通っぽく思えるのかもしれません。それにナイトキャップにぴったり。1ランク上の印象があるせいか、それとも個性が豊かなせいか、『ラフロイグ』を好む人も多いですね」と言う。「御所坊」は流石に有名旅館だけあって海外からも泊まりに来る人が沢山いる。彼らは決まってジャパニーズウイスキーを注文するそうだが、「響」「山崎」「白州」はその旨さが世界的に轟いているからか、人気だと話していた。「『響17年』があると、すぐに手を伸ばし、ボトルごと注文してしまいます。『響30年』がある時なんて先にスマホで写真を撮って、すぐにフェイスブックにアップしているんですよ。日本に来て、今それを飲んでいるだなんて自慢しているんでしょうね」。この旅館に泊まる人は、当然舌が肥えている。いいものは、いいと理解しつつ、当然ながら手に入りにくいことも知っている。「むしろ日本人より海外の人の方がよくご存知かもしれません」と建部さんは言っていた。
二杯目のハイボールを飲んでいると、周囲には浴衣姿の人がちらほら。扉を開けて一般客も入って来る。まさに温泉街のバーのあるべき姿を見ているようで面白い。ウイスキーと燻製が織りなす有馬の夜は、まだまだこれからだ。そう思うと、根が張ってきそう。老舗旅館のバーで腰を落ち着けながら、金井庸泰さんが企画した"有馬の夜会"にどっぷり浸かることにする。時計を見れば22時を少し回ったところ。最終便(神戸電鉄・有馬温泉駅発 新開地行き)にはまだまだたっぷり時間がある。
●バー・ニュールンベルグ
住所神戸市北区有馬町797 有馬玩具博物館1F
TEL078-904-0551(御所坊)
営業時間10:00~21:00
定休日無休
●バー・ポッソドウロ
住所神戸市北区有馬町858 御所坊1F
TEL078-904-0551(御所坊)
営業時間21:30~23:00LO(休前日は23:30LO)
定休日不定休