2019年04月19日
日本を代表する酒類メーカー・サントリーと、世界的なスピリッツメーカーであるビーム社が提携することで、2014年に誕生したビームサントリー。この提携によって、同社は世界初にして唯一となる世界5大ウイスキー(アイリッシュ、スコッチ、アメリカン、カナディアン、ジャパニーズ)の蒸溜所を保有するメーカーとなった。
それぞれ異なる歴史や伝統の上に築き上げられた世界5大ウイスキー。それらがひとつの屋根の下に集結したとき、「多彩な個性を持つ各国の原酒をブレンドし、これまでになかったウイスキーを作る」という前代未聞の挑戦が始まった。
そして、2019年。『ワールドウイスキー』というまったく新しいカテゴリーのウイスキーが完成。碧い海を渡ってやってきた原酒を、日本の匠がブレンドすることで作られたウイスキーは、『SUNTORY WORLD WHISKY 碧 Ao』と名付けられた。
世界5大ウイスキーのブレンドはいかにして行われたのか? 気になる味わいの特徴とは? サントリーの5代目チーフブレンダー・福與(ふくよ)伸二が、碧 Aoの開発に至るまでの道のりについて語った。
1899年に創業し、今年で120周年を迎えたサントリー。創業者の鳥井信治郎が最初にヒットさせたのは、〝ブレンド〟によって日本人の味覚に合うように作られた「赤玉ポートワイン」という甘味葡萄酒だった。サントリーにとってブレンドとは、創業時から自分たちのオリジナリティを支えてきた重要な技術なのだ。
赤玉の大ヒットを受け、鳥井が次に挑んだのがウイスキーづくりだった。1923年に日本初となるモルトウイスキー蒸溜所を建設着手し、まだ誰も経験したことのない本格的な国産ウイスキーづくりへと乗り出した。
最初に完成したサントリーウイスキー「白札」。しかし、売り上げは残念ながら振るわなかった。5年間に渡って人を雇い、原料を買い、ウイスキーづくりに時間を捧げてきた鳥井にとって、この結果は大きな痛手だったことだろう。
しかし、ウイスキーづくりに対する鳥井の情熱が失われることはなかった。日本人の味覚に合うウイスキーを作るためにブレンドの研究を続け、1937年には角瓶が誕生。80年以上たった今も売れ続けている角瓶は、ウイスキーの代表格として確固たる地位を築いている。
サントリーがウイスキーづくりを始めて、まもなく100年。これまでに3名のマスターブレンダーと、5人のチーフブレンダーがウイスキーづくりを支えてきた。ビームサントリーの設立後には、スコッチウイスキーやアメリカンウイスキーの作り手たちとの技術交流がスタート。この頃から、世界5大ウイスキーをブレンドするという前代未聞の構想が生まれてきたという。
世界5大ウイスキーをブレンドするというアイデアを聞いたときのことを、福與氏は「戸惑いを隠しきれませんでした」と振り返る。理由は、どういう味わいのウイスキーを作れるかがまったくの未知数だったからだ。
「ウイスキーは〝穀物〟、〝蒸溜〟、〝樽熟成〟という共通点を持っていますが、原料や製法、風味は地域によって異なります。それをブレンドするということは、例えるならば水彩絵具や油絵具、クレヨンや墨までを使って1枚の絵を仕上げるようなこと。どんな絵を目指すべきなのかが、まったく思い描けませんでした」
それでもウイスキーの歴史に新たな1ページを書き加えるために、この難しい挑戦のブレンダーを請け負った福與氏。試行錯誤を続ける中で、ひとつの方向性が見えてきたという。
「これまでサントリーのブレンドは〝調和〟という考え方を大切にしてきました。原酒の個性が突出せず、水やソーダで割っても味が崩れないようなブレンデッドウイスキーです。碧 Aoでは、その考えをベースにしつつ、〝個性を重ねる〟というブレンドを意識しました。それぞれの原酒の味わいが豊かに重なり合い、割ることで各原酒の個性が立ってくるようなウイスキーです。再び絵に例えると、〝調和〟というのは、青と黄色を混ぜて綺麗な緑を作る作業。〝個性を重ねる〟というのは、緑の中にも青と黄色の存在がわかるようにするという作業です」
こうした意識のもと、他に類を見ない新しいカテゴリーのウイスキー『SUNTORY WORLD WHISKY 碧 Ao』が開発された。
この日のイベントでは、少し変わったテイスティングが行われた。参加者のテーブルには6つのテイスティンググラスが置かれており、その中心に碧 Aoがある。普通に考えると、他の5つのグラスにはアイリッシュ、スコッチ、アメリカン、カナディアン、ジャパニーズという5種類のウイスキーが入っていることが予想されるだろう。
しかし、今回のイベントで用意されたのは、碧 Aoに使われている世界5大ウイスキーのうちの1カ国ずつが抜かれたもの。つまり、4カ国のウイスキーがブレンドされたものが5パターン用意されたのだ。それぞれを飲みながら、世界5大ウイスキーのうちのどの国の原酒が抜かれたものかを考え、各国の個性を紐解いていくというユニークな試みとなった。
最初にテイスティングされたのは、完成した碧 Ao。
グラスを傾けると、バニラやパイナップルを思わせる甘く華やかな香りが感じられた。味わいは、まろやかで甘みのある飲み口。厚みのある味わいに続いて、スモーキーさやスパイシーさが口の中に広がった。余韻は、甘さやスモーキーさ、ウッディさなどが複雑に絡み合いながら心地よく続く。まとまった味わいの中にも世界5大ウイスキーそれぞれの個性が垣間見え、ひとつのウイスキーの中に多様性が感じられた。
続いては、碧 Aoから1カ国ずつが抜かれたウイスキーのテイスティングに入る。これらはいずれも碧 Aoと同じ比率でブレンドされており、アルコール度数も43%で統一した状態で提供された。
ひとつ目のウイスキーは、碧 Aoに比べて甘さが目立ち、相対的に複雑さが減った印象。余韻は短く、スモーキーさやスパイシーさに欠ける。これはスコッチウイスキーを除いたブレンドだった。
碧 Aoでは、アードモア蒸溜所の原酒と、グレンギリー蒸溜所の原酒を使用。これを用いることでスモーキーさやスパイシーさが加わり、厚みのある味わいが作られていることがわかった。
2つ目のウイスキーは、スパイシーだがシンプルな味わい。コクが減り、香りの立ち方も弱くなり、全体的に複雑さが失われた。抜かれていたのは、アイリッシュウイスキー。碧 Aoでは、1989年からウイスキー製造を始めたクーリー蒸溜所の原酒が採用された。
アイリッシュウイスキーの役割について福與氏は、「ブレンドというのは、単に味わいや香りをプラスすることだけを指すのではありません。反対に、まとまりに不要な特徴を隠す〝マスキング〟というテクニックもあります。アイリッシュは隠したい特徴をマスキングし全体を整え、その上で複雑さを出すために一役買っています」と説明した。
続いてテイスティングされたウイスキーは、碧 Aoと比較して香りの華やかさが減少。代わりに、スモーキーさが目立った。味わいは、バニラの風味やウッディさが減少し、シンプルになってしまった印象。これは、アメリカンウイスキーが抜かれたものだった。
碧 Aoで使用されたアメリカンウイスキーは、ジムビーム蒸溜所のバーボン原酒。トップノートの華やかな香りの広がりや、バニラを思わせる甘い香味を特徴とするバーボン原酒は、碧 Aoの香りを印象付ける役割を担っていることがよくわかった。
4つ目のウイスキーは、ボディがありヘビーで濃厚な味わい。碧 Aoよりも、やや硬いトップノートで、香りの立ち方が弱くて遅い印象だった。これはカナディアンウイスキーを抜いたもの。
碧 Aoに使うカナディアンウイスキーは、アルバータ蒸溜所の原酒。ベースウイスキーをグレーンウイスキーの役割として使用した。柔らかな香りと、連続式蒸溜に由来する飲みやすさが、ブレンド後にもしっかり残っている。
最後の1杯は、個々の香りや味わいは感じられるものの、全体的にバラバラな印象のウイスキー。抜かれているのはジャパニーズウイスキーだ。碧 Aoには山崎蒸溜所の原酒と、白州蒸溜所の原酒がブレンドされている。
この2つの原酒を抜いたブレンドから見えてくるジャパニーズウイスキーの特徴は、全体のまとめ役。ジャパニーズウイスキーらしい複雑で柔らかな味わいが、碧 Ao全体を上手くまとめ上げている。
5カ国のウイスキーそれぞれが碧 Aoに与えている影響について福與は、「スコッチは厚みやスモーキーさ・スパイシーさ、アイリッシュは複雑さ、アメリカンは華やかな香り、カナディアンは柔らかさ、ジャパニーズは全体のまとめ役」と説明。世界5大ウイスキーを表現するためにボトルは五角形にデザインされ、海で繋がる5カ国をイメージしてテーマカラーには雄大で美しい海の「碧(あお)色」が選ばれた。ラベルには墨書でローマ字表記のAoという名前が描かれ、世界の原酒と日本の匠の技の融合を表現した。
世界初となる自社蒸溜所の世界5大ウイスキーのブレンドによって誕生した『SUNTORY WORLD WHISKY 碧 Ao』。個性を重ね合わせることで多様性が感じられる味わいは、まさにワールドウイスキーと呼ぶに相応しい仕上がりとなっている。
取材・文/阿部光平